9 エレ
「女神、様……?」
「こんにちは。アスタの言う通り、私は女神と呼ばれる者です。名前はエレ。今日は来てくださってありがとう。祈りはしっかり受け取りました」
彼女の右手には、少し小さくなったハイノールとフェーレが浮かんでいる。
知らない場所で緊張しているのか、レイラは喋らず僕の左腕にくっ付いている。そういえば、怪我していた筈なのにどこも痛くない。感覚もあるし、ちゃんと動く。
「あの、僕達は死んだんですか?」
「いいえ、生きていますよ」
「じゃあ、ここは一体……」
「女神の泉の中……真に私に近い場所とでも言いましょうか。とにかく、あなた方には感謝しているんです。私は石に力を与えることや、自然を動かすことは出来ても、石一つを取り戻すことは出来ませんでした。子ども達にあげてしまいましたからね」
女神様は仕方なさげに笑ってみせる。
「でもあなた達が、ハイノールを私の元まで連れてきてくれました。優しい子達。自分の命を犠牲にしてまで世界を変えようとする子達は強いですが、それは同時に悲しいことでもあります」
『命を犠牲に』。僕はメーテのことを思い出して顔を伏せた。レイラがそっと背に手を当ててくれる。
「アスタの傷は癒しました。問題なく動かせる筈です」
「あ……。ありがとうございます」
「いいえ。……私はね、この先どうするべきか悩んでいたんです。崩壊に向かいそうなこの惑星。いっそのこと、人が死滅するまで待ってみようかなどと考えていました」
「……⁉︎」
そんなことは絶対に嫌だと僕が勢いよく顔を上げると、女神様は僕達を見据え、優しい目で微笑んだ。
「けれどね、あなた方を見て思ったんです。誰だって、やはり心の奥では平穏を望んでいる。大切な人の安全を望んでいる。私もそうでした。あなた方は諦めていない。ですから私も、諦めるのはやめにしました」
女神様は力強くそう言うと、頭上に手をかざす。そこには世界中の景色が映り、初めて見た魔法に僕達は思わず息を漏らす。
世界はどこも戦争をしている。人と人が戦い、怯え、魔導砲が放たれ、自然が破壊されていく……。
「ハイノールは、とても強い子です。今までの世界にはある意味、必要だったのかもしれません。私にも、子ども達にも、学びを与えてくれましたから。……でも、もう大丈夫。ありがとう」
女神様はそう言うと、そっと石を撫でてからフェーレを近付ける。一瞬ぱっと石が強い光を放ち、徐々にその強さを落としながら現れたのはフェーレのような淡いピンクの光を纏うハイノール。
それが出来たと同時に、世界は何故か少しだけ時が緩やかになり、攻撃の手を緩め始めた。きっとメーテもこんな石を作ったんだろう。彼がやりたかったのは、僕達がやりたかったのは、こういうことだ。
「ありがとう、ございます。女神様……」
上ずった声で感謝を伝える。彼女はそっと微笑んでくれた。
よかった、よかった……。もう出来ることはないと思っていた、未来がどうなるか分からなかった。けれど、いい方向に向かったんだ。
じわりと滲んできた涙を拭い、再び映像に目をやると世界の各地では自然が牙を剥いていた。ある所では高波。またある所では竜巻。そして砂嵐、ひょう……。壊された軍の基地からは、破壊された自然を取り戻すかのように新たな草木が生えて育っていく。
「これは……」
ずっと黙っていたレイラが口を開いた。女神様の方を見る。
「お灸は据えさせてください。あなた達のことを信じていない訳ではありませんが、少しは伝えておきたかった。ですが、未来はあなた方次第です。あなた方の願う心が未来をつくりますから。……久々に力を使ったら疲れましたね」
ふぅと息を吐いた女神様が空中を扇ぐと、映像は消えていった。彼女はその流れで元ハイノールも人差し指でちょんとつつくと消してしまう。大方どこかにしまったんだろう。
「さて、あなた達には感謝していると言いましたが、まだお礼をしていません」
「お礼?」
声が揃い、僕はレイラと目を見合わせる。女神様はそれに微笑ましくなったのか柔らかい声色で続けた。
「何でもいいですよ。誰かを傷付けるものでない限り」
少ししてレイラが一歩前へ出た。何をお願いするのか決めたのだろう、口を開く。
「お父様達ルスタル軍を、国に帰してほしいんです。そしてもう誰かを傷付けることがないような人になってほしい……」
彼女の中にずっとあった思いだろう。自分の身内が大勢を巻き込んで苦しめているのを見るのはどんなに辛かったことだろう。胸の前で重ねた両手に力が入っているのが分かる。
女神様は頷くと、今度は僕に向いた。
何を望むか。もう決めていた。
「メーテをきちんと埋葬してあげることは出来ますか? ちゃんとお墓を作って、弔ってあげたいんです」
女神様は微笑むと、しっかりと頷いた。
「二人へ感謝を……」
再び現れた映像ではルスタル軍が撤退していく様子と、メーテのお墓がファルヅに出来、葬儀が行われている様子が映された。墓石には『平和の為に戦ったメーテ・ファルヅ』と刻まれている。
それを見て、少しだけ心が軽くなった。
もっと彼と一緒にいたかった。あの時救えなくて泣きじゃくった。これでよかったなんて言えないけど、せめて、彼が生きていたことを忘れないでほしい。
僕達が女神様に感謝を伝えると、彼女は頷いた後「けれどね」と続けた。
「私はあなた達に身体を与え、子ども達と呼んでいますが、あなた達と共に私も成長し学んでいるのです。その成長の為にもルスタル軍のような者達も必要だったと言えますが、長くは語りません。とにかく今日はありがとう。アスタ、レイラ。この先も人を愛し、生きてください」
「はい、女神様」
僕達が返事をしてすぐ、女神様が微笑んだのを最後に真っ白な光に包まれた。
「――アスタ? 大丈夫?」
レイラの声に目を開けると、僕達は泉の前に立っていた。
ルスタル軍はいない。僕の足の前には、空っぽになったリュックと箱が置いてある。
「大丈夫だよ。レイラは?」
「わたしも大丈夫。けれど何だか不思議な気持ち」
「僕もだよ」
少し間があって、笑い合って。
泉を出た僕達は行きと同じに光石の洞窟を抜けてレイスターへと戻った。




