プロローグ 帰還
懐かしい街、レイスター。ソノワール国の東端にある田舎街だ。その街の一角には古めのアパート。
僕は白い翼を下ろし、五階のベランダに降り立つ。昔よくこうやって帰宅した。
窓に映るのは僕と、茶色いリュック。汚れを払ったとはいえ、やっぱり少し汚れている。そして重い。部屋の中はレースのカーテンがしてあって見えにくいけど、きっと中には彼女……レイラがいる。
僕は一つ深呼吸をして、その窓をたたいた。
ととと、と駆け寄る音がして、カーテンが開かれる。彼女は少し……いや、かなり驚いているみたいだった。
「久しぶり」
「本当にあなたなの?」
「僕だよ」
彼女がからからと音を立てて窓を開ける。
ふわっと僕の後方から風が吹いて、彼女の銀の髪が浮き上がった。日に照らされた蒼の目が海そのもののようで、僕は懐かしさと愛おしさを覚える。
「待たせてごめんね。えっと……お土産があるんだ。あと、ポプラテ飲む?」
旅先で友人にもらったものの残りだ。キャンディー状に加工されたそれは、よく店先でガラス瓶に入って売られている。
「飲むわ」
「分かった。ちょっと待ってね」
「中に入ったら?」
「え、あぁ……そうだね」
言われて自分がおかしな行動をしていたことに気付いた。僕は下ろしかけたリュックを再び背負うと、部屋の中に入る。
旅で起こった諸々のことを隠そうと口走って、行動まで気が回っていない。
「『ただいま』でよかったのに。元々ここはあなたの家じゃない」
「そうだけど、何と言うか……待たせすぎちゃったし」
部屋の中は五年前とあまり変わっていなかった。簡素な作業机が二つ、間に棚を挟んで並んでいる。一つは僕の、もう一つはレイラの机だ。先程まで作業をしていたんだろう、机の上にはいくつか布や糸と一緒に石が転がっている。僕の見慣れない石がいくつか増えていて、それはどれも平和や祈りに関するものだった。きっと、ずっと不安だったのだろう。
「石、前より増えたね」
「当たり前よ。何年経ったと思ってるの?」
「……ごめん。やっぱり怒ってる?」
久しぶりだからか、一年経たずに戻ると言いつつ五年も経ってしまったからか、どことなく気まずい。
「少しだけよ。戻ってきてくれたことの方がずっと嬉しい。……心配で堪らなかったの。……ちょっと待ってて」
そう言うと彼女は作業机の間の、休憩中に使うものを入れている棚から色んな色の水晶で出来たブレスレットを取り出した。僕に手を出すように促すので従う。既に五年前にレイラから貰ったお守りがある左手首とは反対の、右手首にそれを付けてもらった。
「お守り。作ってたの」
「……ありがとう」
旅に出る時に渡してくれたけど、また作ってくれてたなんて。僕は彼女の優しさが懐かしく、嬉しくて、微笑んでお礼を伝えた。
レイラの作るお守りは効果が絶大だ。多分そのお陰で僕はこの五年間無事だったんだと思う。今から行く先のことを考えると、とても心強い。
僕はリュックを床に下ろすと、そのポケットから透明な容器を出す。中にはポプラテの元。メーテにもらったものの残りだ。
コロコロとした飴玉のような茶色いそれを三粒ずつ取り出して、コップに入れた。レイラが持ってきてくれたポットのお湯を注いで、少し溶けてきたそれをスプーンで砕いて混ぜていく。暫くするとふんわりとコーヒーのようなキャラメルのような甘い匂いがしてきた。
「どうぞ」
「ありがとう。……あったかくて美味しい。昔よく飲んだわね」
「そうだね。最近は?」
「今は……そうでもないわ。あまり外へ出ないの」
彼女は少し顔を落として、ポプラテを見つめる。
確かに彼女の肌は青白く、女神様に似た銀の髪と翼は相変わらず神秘的に映るけど、調子はよくなさそうだ。
「あなたが出ていってから……国は四つに分かれてしまったし、少し前のヒーツカ侵攻でだって、たくさん人が死んだわ。あなたが巻き込まれてないかずっと心配だったの」
「レイラ……。僕は大丈夫だったよ。色々あったけど……ほら、ピンピンしてるでしょ?」
僕は隠し事がバレないように笑ってみせる。
「レイラは大丈夫だった? 何か困ったことや危ないことはなかった?」
「わたしはね。けれど、この街も昔に比べたら随分と人が少なくなってしまったわ」
そう言われて確かにと気付く。元気な子ども達の声を聞いた覚えがない。人影もあまりなかった。ここも十分田舎街だけれど、安全を求めて更に世界の隅に逃げていったんだろう。
「それに色々聞くの。軍がどうの、景気がどうの、策略がどうのって。ルスタル軍は暴れ回るし……もううんざりだわ」
俯く彼女に掛ける、丁度いい言葉は思いつかない。昔レイラはルスタル家――父親に監禁されていた。そのこともあって、一層鬱な話題だろう。この街には侵攻の跡はなかったけれど、それでも。
僕はズズ……とポプラテを飲む。
「あ、そういえばお土産を渡してなかったね。メイカラットを貰ったんだよ」
「本当? 見せてちょうだい」
レイラの表情がぱっと明るくなった。
メイカラットは透き通るような赤が綺麗な鉱石だ。貰ったのは僕の拳より一回り小さいサイズだけれど、宝石としては結構大きな塊だ。それも綺麗にカットされている。
「高かったでしょうによく貰えたわね」
「あぁ……優しい、人でね。錬金術師だったんだけど、上手く出来たからって」
「そうなの」
僕はリュックを開けると、それを取り出す。
「とっても綺麗……。優しくて、強い石ね」
それを聞いて、彼もそんな人だったと思い出す。「少し手伝ってくれるだけでいいから。メイカラットだって、何だってあげるからさ」なんて言われて追いかけ回されたのがつい昨日のことみたいだ。
レイラは愛おしげにメイカラットを見つめている。見惚れるレイラの表情を久しぶりに見た。美しくて、可愛くて、そんなレイラに僕は見惚れてしまう。
「それと、旅の間にゼイランカやクリムナーヤを採ったんだよ。それで紅茶や香油をいくらか作ったんだ。トーマから貝殻も貰ってさ」
「貝殻? 懐かしい。……あぁ、久しぶりにアスタの作った香油や紅茶の匂いを嗅いだわ。いい匂い」
他にもお土産を渡すと彼女は嬉しそうに微笑み、飾り棚や食卓に並べる。そんな様子を見て僕は少し安心した。笑う元気があるようでよかった。
「そういえば、勉強はどうだった? トーマさんは大丈夫? 向こうで初めに戦争が始まったと聞いたけれど」
僕はレイラが石を使って何かを作るのが好きだ。ブレスレット、ネックレス……。僕はそんな彼女と一緒に仕事がしたくて、装飾品を作っている友人の家に行っていたのだ。
けれど何気ない彼女の言葉に、取り繕った筈が僕の顔はちょっと歪んでいたらしい。レイラが何か気付いた表情をした。
「勉強は上手くいった。トーマが僕に合うやり方で教えてくれて。でもトーマは……初めの魔導砲で……」
「……そう。聞いちゃってごめんなさい」
「ううん」
また空気が重くなってしまった。
世の中には『仕方ない』で流せることも沢山ある。けれどやっぱりトーマの死は、彼らの死は、そう簡単に割り切れない。
ここ――ソノワール国は、ある一つの石のおかげで均衡が保たれていた。その石があったから街は発展し、栄えた。けれどその力が弱まったことにより均衡は崩れ、国は四つに分裂。五年に及ぶ戦争が始まった。
読んでくださりありがとうございます。
この回の挿絵はこちらから見れます。よければこの先も見てやってください。
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