小休止:敵よりもバディが憎い
やっと更新しました。
書くスピードを上げたい……
初めてバトルっぽいバトルを書いた(つもり)です。
「では、10分後に対戦を始めますので準備をしてください」
マイクを通した教官の声が演習場に響く。辺りが一気に騒がしくなった。
今ここで行われているのは超科学の授業。内容は「2対2の超科学戦」。普段個人戦闘のこの競技でペアを組ませるのは珍しい。
生徒たちに目をやると、ほとんどが作戦立案をしている中、一際雰囲気の悪いペアがある。
「なんで俺がこんな落ちこぼれと」
「なんではこっちが言いたいって……。 落ちこぼれは事実だけど」
そう、山崎と古谷である。
古谷は、先日(昨日)の超科学演武で山崎と戦って次の試合に進んだ相手。能力値は学内トップクラスの秀才、という触れ込みのいわゆるエリート。勉強の方は…… 能力者としてはいい方ではある。ついでに、プライド非常に高い。
敵ペアは普段からの仲良しコンビ。二人で顔を寄せあってヒソヒソと会話していることから、これからの戦い方を考えているんだろう。
対する山崎古谷は周りが引くほど雰囲気は最悪、作戦会議なんてできる空気ではない。
「おい落ちこぼれ、変なことして足引っ張るなよ」
「引っ張らねーよ」
この二人は普段から非常に仲が悪い。
……正確には、古谷が山崎を一方的に毛嫌いしている。
ごちゃごちゃ言っている間に試合開始時間になった。
山崎と古谷のペアは初戦。現時点で作戦は何もない。
……二人で共有している作戦は。
「古谷」
「なんだ落ちこぼれ」
呼ばれた古谷は山崎をにらみながらも一応返事はしている。
山崎は一瞬顔をしかめたが、すぐに淡々とした調子に戻った。
「なんだとはご挨拶だな。 せっかく俺が勝てそうな方法教えてやろうと思ったのに」
「お前と組んでる時点で勝ちは消えてるんだよ!」
呆れたような山崎に古谷が噛みつく。
「まあ、とりあえず聞くだけ聞いてくれ。 とは言ってもお前はフィールドにいる人間のうち一人を集中的に攻撃してくれりゃいいから」
「落ちこぼれの分際で俺に指図するな!」
すごい剣幕で古谷が怒鳴る。
山崎の顔には少し笑みすら浮かんでいる。
「まあまあ落ち着けって。 試合始まるぞ」
最後に一言投げつけて、山崎は古谷に背を向けた。
近くにいた他の学生には、古谷が俺一人であんなの二人くらい倒せる、と言っているのも聞こえていただろう。
フィールドに向かう途中の山崎が漏らした笑みには誰も気づいていなかった。
___________________________
《それでは、第一試合、始めっ!》
教授が高らかに叫ぶ。
山崎はフィールド内に設置されているテントに素早く潜り込み、敵ペアの様子をうかがう。前線部に二人とも確認できたが動きはなさそうだ。
古谷は、前線にはいるが敵ペアから離れた位置に立っている。今は敵ペアと向かい合っている状態。こちらも動きはない。
今回使っている演習場のつくりは、いわゆるサバゲーのフィールドに似ている。似ている、というかそのものだ。
超科学演武の会場は丸くて平らなのに対し、ここは四角く区切られ坂になっている。途中にいくつかテントやコンテナなどの障害物があり、見通しもいいとは言えない。
基本的に能力者たちは見通しが悪い場所が大嫌い。
だから山崎がテントの中に隠れていると__
「おい山崎! 自分は戦わずに古谷に全部任せようってつもりじゃないだろうな?」
「やーい腰ぬけ! 今出てくるか後でフルボッコにされるか、10秒で決めろ!」
だいたい怒鳴り始める。
びびらせて平地に引きずり出そうとしているらしい。
「お望み通り出てってやるよ」
山崎は自分にしか聞こえないくらいの音量でつぶやき、移動を始める。
10秒くらい経って。
「「うわっ!」」
「こ、こいつ、どうやって来た!?」
「知らねえよ! とりあえずやるぞ!」
敵ペアが騒ぎ始めた。
とはいえ、山崎は単に障害物の裏などを利用して、気づかれないように敵ペアの後ろに回り込んでいただけである。ついでに一発蹴りも入れているが。
スタートの合図と共に急いで移動し、相手の死角に入る。山崎の常套手段だ。
見晴らしのいい演武場では使えない分、死角の多い演習場では大いに活用している戦法である。
しばらくすると、彼の目の前を大きめの水球が通り過ぎた。
(結果的に奇襲になってしまった)山崎の攻撃から敵ペアが立ち直り、各々が攻撃を仕掛け始めたのだ。
当然、二人とも超科学力を使って。
こうなるともう山崎は近づけない。
下手に近づくと大ケガすることが経験上明らかなので、ある程度の距離を保ち続ける。
スタート時から動いていない古谷が山崎の視界にに入る。
古谷とばっちり目が合った山崎は、思いっきり嫌味っぽく笑う。
とんだ腰抜けだな、と言わんばかりに。
真意はともかく、少なくとも古谷にはそう映ったようだ。
ぶちっ、と何かが切れる音が聞こえそうな勢いで古谷の表情が変わる。
今にも山崎に殴りかかりそうな雰囲気である。
走り出そうとした古谷の足が、ふと止まった。山崎が味方に当たることを思い出したようだ。
古谷の頭では、「フィールドにいる人間のうち一人を集中的に攻撃してくれりゃいいから」という山崎の言葉が鳴り響いていることだろう。
古谷は一瞬苦悶の表情を浮かべたが、すぐに笑みに変わる。
……笑みという表現は不適切だったかもしれない。 「笑み」という言葉から連想される爽やかなものではなく、「悪役顔」と形容するにふさわしい何かを企んでいる感じの下品な笑い。
そのまま、古谷が能力を発し始めた。
落ちている石を集めているようだ。
そして当然のように___
山崎に投げつける。
もちろん能力フルパワーで。
まともに食らうと骨の1~2本は折られそうな勢いだ。
対する山崎は余裕の表情。古谷の攻撃をほとんど見もせずに、笑みすら浮かべて避け続ける。
しかも、敵ペアからの集中砲火も避けながら。
そう、敵ペアは落ちこぼれであり、簡単に倒せそうな山崎に狙いを絞ったのだ。
古谷からの攻撃はまったく考えていない。古谷は山崎が嫌いだからわざわざかばいはしないだろう、と読んだからである。
実際、敵ペアの読みはそう間違っていない。
山崎が攻撃を受け始めてしばらくの間は傍観していたし、やっと動き出したと思ったら山崎を攻撃し始めたのだから。
敵ペアはほくそ笑みながら攻撃を続けるが、急に片方が頬を押さえた。何かが当たったらしい。
その様子を確認した山崎が小さくガッツポーズをした。
間髪入れずに大量の石が敵の片割れを襲う。
片割れは想定外の急な攻撃に対応できず、正面からまともに食らってノックダウン寸前。
石のすべてが、当たったとたんにどこかに引き戻されていることから、この石は超科学力によって放たれたものだということがわかる。
山崎は超科学力を使えないはずなのに、これは一体……? と困惑しきりである。
敵ペアの彼らは大切なことを忘れていた。
山崎は、能力を使わない状態で超科学演武に放り込まれてもそこそこ、というよりかなり強いのだ。
超科学力が絶対的な強さを見せる競技で、一体なぜだろうか?
その答えは、山崎の常人離れした身のこなしにある。
素早く動き回り、向けられた攻撃をことごとく避ける。
並の人間では、山崎に攻撃を当てることは難しい。
例え能力者であろうとも。
さらに、山崎には豊富な知識がある。
超科学能力者が「無駄」と切り捨てる様々な知識を、いつか役に立つかもしれない、とほぼ全て拾ってきた男だ。常に周りの様子を把握し、次に何が起こるかを予測しながら動くことくらい朝飯前である。
当然、今も。
敵ペアの片割れに当たった石。
これは、古谷が放ったものである。
山崎は自分以外の三人が立っている場所と攻撃の方向を把握し、自分が避ければ古谷の攻撃が敵に当たるような位置を選んで動いているのだ。
そんなことは知らない敵ペアは予想外の超科学力による攻撃に混乱し、古谷は攻撃が当たらないことに腹を立てつつも石を投げ続ける。
突然、逃げ回りながらコンテナの上に登っていた山崎の姿が、残り3人の視界から消えた。
するとすぐに、流れ弾(石)を食らっていた敵ペアの片割れが膝から崩れ落ちる。
「えー、こんなに綺麗に決まるもの……?」
倒した本人である山崎は少し不満そう。
不意をついたとはいえ、攻撃が効きすぎてつまらないらしい。
山崎としては、3人の攻撃で砂ぼこりが上がったタイミングを見計らい、コンテナから飛び降りて片割れの背後からひじ打ちを食らわせただけ。
ふう、とひとつ息を吐き、山崎は再び移動する。
この間も古谷の攻撃は止まない。
山崎が視認できない間もコンテナ上方に向かって石を投げ続け、移動した山崎がコンテナの影から姿を現すとそちらに向かって投げ続ける。
と、残っていた敵ペアの片割れが流れ弾の餌食になった。山崎がそうなるように誘導したのである。
とは言っても、山崎は二人を結ぶ直線上に移動しただけ。古谷はその山崎にまっすぐ攻撃しているのだから、山崎が避ければ敵に当たるのは当然だ。
敵の攻撃が古谷に当たらないのは、単純に威力の違いのせいである。敵の放つ水球は、古谷の石の勢いですべて破壊される。
《終了まで残り5分!》
アナウンスと同時に石の数が増える。焦った古谷が威力より数を優先し始めたからだ。山崎はどこからか拾ってきた木の棒も使いながら、その石をすべて避ける。
何分くらいこの状態が続いただろう。
山崎の体すれすれで通り過ぎた石が敵に当たった。次の瞬間、それまでうっとうしそうなだけだった彼の表情が、はっきりと苦悶のそれに変わる。
山崎はその瞬間を見逃さない。
石の雨をかいくぐりながら敵に近づき、みぞおちに蹴りを入れる。
地面に倒れる敵。
敵が動かなくなり、状況にやっと気づいた古谷が攻撃を止めるのとほぼ同時に試合終了のアナウンスが響き渡った。
_______________________
「落ちこぼれ、お前一体何をした」
ベンチで水分補給をする山崎に古谷が声をかける。
今は別のチームが試合をしていてフィールドが埋まっているため、山崎と古谷は休憩中だ。
試合前の山崎の言葉は「フィールドにいる人間のうち一人を集中的に攻撃しろ」。「敵を攻撃しろ」とは一言も言っていない。だからこそ古谷は延々と山崎を攻撃したのだが___
「どうしてお前じゃなくて敵二人が倒れてるんだ」
能力使えない落ちこぼれのくせに、と苦虫を噛み潰したような顔で続ける古谷。対する山崎はきょとんとした表情でフリーズ。
「何か答えろ」
「……あ、ごめん」
フリーズが解けた山崎が発した次の言葉で、今度は古谷が固まった。
「いや、俺もあそこまで想像通りに進むとは思わなくって」
「……いやいやいや待て待て」
我に返った古谷が山崎に詰め寄る。
「お前あの状況全部想定……」
「してたけど?」
しれっと返す山崎に驚きが隠せない古谷。
「俺がお前を攻撃することも?」
「古谷が俺以外を攻撃するってイメージがまったく湧かなかった」
俺お前にすげー嫌われてるから、と山崎。あとは古谷の攻撃が敵に向くような位置に動けばいいだけだったし簡単だった、と事もなげに言う。
それを聞いた古谷は思わず天をあおいだ。マジかよ、とつぶやきが漏れる。
「こんなやつがなんで落ちこぼれ…… 能力あったら誰も勝てねえよこんな化け物……」
「化け物言うな、普通だろ」
頭を抱える古谷の横で、今度は山崎が渋い顔になる。
二人のため息が重なる。
「おい山崎」
先に立ち直ったのは古谷。
呼ばれた山崎が顔を上げると、何かが目の前に飛んできたので思わず捕まえる。手を開いて見ると、鈴のついた黒猫のキーホルダーだった。
「何だこれ」
「キーホルダー。 見りゃわかるだろ」
「そういうことじゃなくてな」
山崎は古谷を少しにらみつつキーホルダーを振る。 ……鈴が鳴らない。
「それ、家の慣習で全員2つ持たされてるうちの1つ。 先祖の〈超科学力〉が込められてて、持ち主を守るって言い伝えがある」
古谷の言葉に眉をひそめる山崎。
「それなら俺じゃなくて別の友達に渡せばいいだろ」
例えば、と名前を挙げようとする山崎を遮って古谷が言う。
「いつか自分で倒したいやつに渡せって言われてんだよ、ごちゃごちゃ言わずに持っとけ」
ああ、とかうん、とか言いながら、山崎は渋々キーホルダーをポケットにしまう。
それを見た古谷は山崎に背を向けて歩き出すが、そうだ、と何かを思い出したように止まって振り返る。
「次俺が勝ったらそれ返してもらうからな。それまでなくさず持ってろよ」
はいはい、と面倒そうに返す山崎。しっしっと追い払うジェスチャーつき。
今度こそ古谷は去っていった。
山崎は試合に目を戻し、ぼそっとつぶやいた。
「古谷マジで訳わかんねえ……」
このあとから、古谷が妙に構ってくるようになることを、このときの山崎はまだ知らない。