第二章‐5
「しかし妙だよな、なぜエーベルバスは神に貢献するなんてことを言っているんだろうか。事実と正反対だ」
スナールは頭の後ろに手を回し、長椅子の背もたれに深く寄りかかる。言う通り、彼らの行為は神を助け世界を救うことに貢献していると言い張っている。グリムロックや何人ものハンターがその言葉を否定しようとも神を愚弄するか、と今にも襲いかかってくるような剣幕で怒鳴り散らすのだ。
「あの盲信ぶりはただの妄想とは思えない迫真ぶりだよ。どこかに神を名乗る偽物がいたりするんじゃないか」
可能性として、新たな教祖の存在を考える。一人ではなく五人も同じ目的で動いている。いや、そうとしか考えられない。
「だとすれば、激しい乱獲が起こっていると予想されているアレスでは神を名乗る存在が信仰を集めていると。エーベルバス達はその仲間」
考えをまとめながら続ける。やはり、信仰を集めるとしたらアレスだ。そう考えることが自然に思える。
「しっくりくる予想ではあるね、何十年も交流を絶っているんだ、アレスは得体が知れなさすぎる」
スワープの言葉に皆が納得する。ここに集まっている人間のほとんどはアレスとの交流が絶たれてから生まれた世代なのもあり気味の悪さを感じる者は多い。交流できたのに拒否をしたという、理解のできない考え。ヘリオスの人間にとっては畏怖の対象だった。
「アレスの人間は神を直接崇められないことでついに神を作ってしまったと……恐ろしい街だ」
「おいおい、まだそうと決まったわけではないだろう。勝手に決めつけるんじゃないぞ」
「わかってるよ」
スナールの嘆きをスラッグは注意する。冗談だとしても、この場には太陽神が顕現している。神を騙る存在などデリケートにもほどがある。そうそう口に出していい話題ではないだろう。まだ疑いの段階だ。
「疑わしきは罰さず、口に出すことはよく考えて話さないとね。誤解を招く」
「なんだそれは。いや、アレスが元凶だと確定してからしか行動するつもりはないさ。安心してくれよ」
ことわざ自体は知らなくても意味は伝わったようだ。俺の声がどういう風に聞こえているのかわからないが、翻訳はうまくいっているらしい。
「ヘリオス側での状態が大まかにではあるが把握できている今、早急にアレス側を調べる必要がある。視察に向かわせよう」
グリムロックは数年前にハンター業から身を引き、ヘリオスでの森やモンストラクターの数、ハンターの管理など、多くの業務をこなしている。問題が起これば大抵、彼の元へ報告が入り、このような会議があれば議長として中心に立ち、問題の対処に人員を派遣するのだ。
「もしアレスがエーベルバスのような人間ばかりだとしたら、どうするんだ、話し合いじゃ解決できるとは到底思えないぞ」
スラッグはグリムロックに向けて疑問を口にする。今想像で話していたように、モンストラクターを狩り尽くすべきだという考えをアレスの住民達が植え付けられているとしたらその対処は一体どうするのか。思想を植え付けられるとそれが正しいとしか認識することはできず、それを否定しようとする者は敵とされてしまう。
「そのときは……相手の出方次第だ。止めようとしてもモンストラクター狩りを続けるというのなら、相応しい行動を取るまでさ」
相応しい行動。グリムロックの言わんとしている事は不穏なものをはらんでいた。争いめいた事をするかもしれない、と。太陽神は悟ったのか、
「我はいつも言っているだろう。争いは何も生まない。アレスとの揉め事は決して起こすでないぞ」
初めて出会ったそのときから一貫して争いはいけないことだと太陽神は言っている。争いの果てに待っている結末が酷く虚しいものであると世界の人間達に語りかけているのだ。具体的なことは一切口にせず否定するだけなのだが、神がそう言えば犯してはならないということは十分に理解できることだろう。惜しむらくは争いを助長する何者かがいることだった。
そして太陽神の言葉で賑やかだった場が静まる。ヘリオスの人間は皆が太陽神の信者だ。勿論神が発した言葉は当然守るべき事柄になる。それなのに争いを望むような失言をしてしまった。そんな中大声が聖堂に響く。
「楽しく平和に過ごすことができるのなら協力は惜しまないぜ、でも死ぬのは嫌だな、家族が悲しんでしまうっ」
「のろけ話はあとにしてくれスナール。皆がお前を殺してしまうぞ」
「なんてこった、協力する前に死ぬなんて予想していなかったっ」
スナールとスラッグの掛け合いで重苦しい空気が緩和され賑々しさが戻る。太陽神は変わらず厳しい顔つきではあるが。
「安心してください、太陽神様。俺達は平和な世界を望んでいるんです。争いなんてやろうと思いませんよ」
なおもスナールは空気をよくしようと努めて明るくふるまう。
「世界が我を信じるように、我も皆を信じている。世界を守るために一人一人が世界を想い行動することを望む」
そう言い残してサモスタルコスの体から人ならざる力が消え、本来の人間に戻った。今日の会議は終了、という合図だ。その後は狩りに出たり帰宅したり、グリムロックに召集されたりと様々だ。
「俺達も帰るか」
「そうだね、夕飯の準備を始めている頃だし、ちょっと手伝おうかな」
大きく背伸びをして堅苦しい会議の終了に体をほぐす。太陽神と個人的に会
話するときはそうでもないのだけれど、グリムロックがいて、ハンターが大勢いて今後についての会議をするこのときはなぜだか体が重く感じるのだ。やはりグリムロックが原因か、しかし彼は彼で普段はなかなか話しやすい人物だ。スラッグとは武器の話でよく盛り上がるのを見かける。ともかく、会議はあまり長続きしてほしくはない。
「コウ、どう思う」
「どうって、今晩は何がメインに並ぶかってこと」
聖堂を出て家に向かっている途中。スラッグの声は平坦で何に対しての質問かわからなかったので、おどけて応える。
「違う、神の偽物について、だ」
「ああ、エーベルバスが信じているだろう神様ね」
「俺には太陽神様以外を信仰するなんてとても信じられない。偽の神が存在するなんて想像もしなかったことだ」
俺からすれば、それは容易に想像がつく。この世界では太陽神が唯一神のようだが、元居た世界では数多くの神が存在しているからだ。そして理解のできない宗教というのも数多く存在する。大昔に凶悪犯罪を犯した新興宗教などもあった。主観的記憶がないくせに、こういった知識は脳に鮮明な状態で残っているのもおかしな話だ。
「ヘリオスのようにコードペイターがいれば太陽神様の声を直接聞けるけれど、アレスは違う。他との繋がりを一切失ってしまったアレスに、本物の声は届かない」
元来からほぼヘリオスとしか関わっていなかったアレスに、モンストラクターという障害が現れてから接触をすることはできなくなった。
「でも接触を一切絶っている今は何もわからない。詳しいことがわかるまで待とう」
「それもそうだ。さっきも言っていたな、疑っているうちはまだ憎むべきじゃない」
疑わしきは罰せず。そういうものを免罪符に、俺達は解決しなければいけない事を後回しにするのだ。まずい事だと思いながら。




