第二章‐3
皆が帰路に着いたのは太陽が沈んで空が黒に染まり月の輝きが照らす頃だった。ほんの少し休んだだけでは今日の疲れは癒えない。それに嫌なものも見てしまったために気分が落ち込み、皆ゆったりと立ち上がってだらだらとそれぞれの家に歩いていく。背中に担いでいる武器がただでさえ重いのに、歩くたび重量が増すような感覚だ。足を踏み出すことが辛く足を引きずるような歩き方になっている。隣を歩くスラッグはと言うと……同じような姿となっていた。二人そろって元気がない。家の扉を開けて出てきたアテラがとても心配したのは言うまでもなかった。
「兄さん、いくらなんでもはりきりすぎじゃない、兄さんが十四体も狩らなければもっと余裕を持って依頼を終えられたのに。そもそも種類ごとに一体で良かったんでしょ、過剰分もいくらか受け取ってくれたとはいえ後先考えなさすぎよ」
帰宅が遅れて食事が遅れた上、余計なことをしていたと知ったアテラは静かに、しかし確かに怒りを含めて俺達、いやスラッグを叱っていた。依頼を受けたのは昨日で、アテラには伝えてあったのだが四人で狩り勝負、となったのは今朝だ。スラッグがスナールとスワープの家に押しかけて連れ出したのである。
「だが残りも売って良い儲けになったぞ、やはり大型は金になる」
「そういうのは聞いてない。過剰労働は体に毒だって言ってるの、それで体を壊したらどうするっていうの。私達人間は完璧じゃない、いつか死ぬの。ちょっとした体調不良が死につながるかもしれない。兄さんのやったことはそれに繋がるかもしれないことなのよ。いくら体を鍛えたって根本的な構造を変えることはできない。過剰な疲労は体を崩壊させる。いままで病気をしたことがないから感覚が養われていないんだわ、でも頭ではちゃんと理解して。兄さんは馬鹿じゃないからわかるでしょ」
捲し立ててからアテラはスープをスプーンですくって啜る。ルースとランのスープだ。植物のような見た目の四足モンストラクター、ルースと、小型四足モンストラクター、ランのモモ肉を煮込んだもので、とろけるようなランの肉にルースの甘辛い味がしみわたる。叱られていないようなので俺は黙々とスープをすする。スラッグは未だ手をつけられずにいる。冷めるぞ。
「コウが注意すればよかったかもしれないことなのよ、わかってる」
俺も免れられなかったらしい。しかし、スラッグのこういった遊び心は今に始まったことではない。出会ってから何度も勝負ごとを提案しては皆満身創痍で帰宅するということをやったことがある。つまりこのお叱りは初めてではない。この世界にきてから一年であのペースなら、来る前を含めると一体何度妹に大目玉をくらっているのだろうこの大男は。
アテラが言うようにスラッグはただの馬鹿な脳筋ではなく意外と頭脳派な一面もある。使いどころは限られているけれども、物事を理解する頭は備わっている。ただ筋肉を目いっぱい動かしたいだけなのだ。……いや脳筋なのは否定できないか。
「いやいや、この筋肉を止められる人類なんざいないって。見てよこの筋肉。誰の力も跳ね返すよ」
「そうだろう。俺の自慢だっ」
こうやって俺達は筋肉どうこうでやりとりをすることが日常茶飯事だ。実際勝つことはできないので嘘は言っていない。
「まぁいいわ。でも、コウには無茶させないでね。兄さんほど頑丈じゃないから」
そうアテラは締めくくって本格的に食事へとシフトする。彼女の言い分は正しいが、なんだか俺がとても貧弱な男のように聞こえてなんだか悲しくなってしまう。スラッグの肉体と比較してしまえば誰だって確実にそう言ってしまうんだと理解はしているんだがどうにも屈辱的だ。
当の本人はと言えば流石に食事を取り始めている。毎食思うことだがアテラの作る食事はとてもおいしい。何回も食べたことのあるメニューだが、思わず笑顔になってしまう。スラッグも笑みを浮かべている。広場での演説なんてどうでもよくなるくらいに。アテラも自身の料理に納得しているのか良い笑顔だ。とても可愛らしい。
「ところでスラッグ。依頼の詳細な内容ってどういうものなんだ、昨日聞いたときはすごいおおざっぱだったから判然としなくて」
昨日もこのようなディナータイムに、さらっと特定のモンストラクターを仕留めて渡す、と言った程度で、今朝にその種類を聞いて他の情報は知らない。依頼者であろう人物は受け渡しのときに会ったけれど。
「そういえばそうだった。依頼を聞いたときから勝負をしたくてたまらなくてな、そわそわして必要最低限しか言えなかった」
そんな理由で詳細な依頼内容言わなかったのかこの男は。子供かと呆れるところだ。
「依頼者の名前はトラドキア。仕掛師をしている男だが、離れた場所に住んでいるためにあまり面識はない。当然トラドキアが作った武器を触ったことはないな。何故馴染みがない俺に依頼したのかは知らんが、まぁいいだろう。捕獲理由は武器精製のため、当然だな。言ってなかったことはこれくらいだ。詳細と言っても大したものはないぞ」
「いや十分。誰なのかが分かれば納得だよ」
モンストラクターを求める理由は多々ある。食料、武器、運動源……仕掛師からの依頼はよくある話だ。一年で何度もあったし、これからもあるだろう。ただ、今まではスラッグと顔馴染みの仕掛師だったからなんの疑問も持たなかったのだが、今回の仕掛師はスラッグですらほとんど会っていないような人物だ。疑問に思うのは普通だろう。
「大型を仕留められるハンターはあまり多くないからな。それも複数種を所望となれば最も実力のある人間に依頼するのは自然な流れだ」
スラッグは決して、自信過剰なわけではない。事実を言っているまでだ。ヘリオスにおいて、スラッグは現役ハンターの最上級者となっている。引退した者や同等と言われている者もいるが、冷静に、客観的に見てもスラッグは強い。仕事にしている以上、自らの実力を上乗せしたり、下に見ることは信頼を失うことに繋がりかねない。スラッグは正しい判断力を持っている。そこを俺とアテラ、他の皆も信頼していた。
「トラドキアが住む周辺には実力者がいなかったってわけか」
「そうでもないはずなんだがな。トラドキアが住んでいるあたりはエーベルバスも住んでいる」
エーベルバス。さっきの胸糞悪くなる演説をしていた、ヘリオスにおける要注意人物。
「エーベルバスも大型を狩る実力は十分持っている。まぁ、彼が断わったということなら納得はできるな。思考が俺達とは違いすぎる、聞く耳を持たなそうだ」
確かに、と頷く。エーベルバスとその仲間はいつも声高らかに主張するのだが周りがどんなに話し合いをしようとしても無視するかわけのわからないことを捲し立てる。関わり合いたくない。
「でも普段市場に売るよりお金にはなったんでしょ、それならいいことじゃない。お客さんは大事にしなきゃ。エーベルバスがどうこうよりも兄さんに仕事がきたことを喜ぶべきよ。やりすぎなのは別として」
アテラはこの家の家計を管理しているゆえか、お金に関してとても気にする。スラッグは優秀すぎるために稼ぎは十分、俺も負けずに稼ぐため家計は安定しているが、太陽武器は高価なものが多い。そして仕掛けが複雑なほど破損率が上がるため金銭的余裕はあればあるほど良いのだ。俺達ハンターは得るお金も多いが、減るお金も多いということ。
「その点について文句はない。依頼自体も達成できた。悔しいのは大物を仕留められなかったことだよ。三人が仕留めたモンストラクターと比べて俺のは小さい。なぜ俺の前には現れてくれないんだ」
フォークを皿の上に置いて両手で頭を抱えて俯くスラッグ。長年、共に狩りをしていた仲間とたった一年の新人に質で負けたことでこれまでにない落ち込みようだ。普段なら余計なほど元気を振りまく彼が暗いと、こっちまで必要以上に参ってしまう。
「まぁまぁ。いつもは大物狩ってるんだから、たまにはこういう日もあるさ。俺達はスラッグに対してとても越えられない高い壁を感じているんだ。少しはこっちにも華を持たせてくれよ」
「言ってくれる、俺を大いに馬鹿にしてくれやがって」
「いやいや、スラッグが勝手にひがんでいるだけじゃないか、俺はただ事実を述べただけで」
今日の狩りは総合的には大収穫でスラッグだって喜んでいたというのに、改めて仕留めた獲物を思い返し悔しさが蘇ってきたと。
「次こそは負けないぞ、コウっ」
「望むところだスラッグっ」
「あなた達、私の話聞いていたの」
再びアテラに叱られながら、食事は楽しく囲み一日が終わっていった。




