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太陽の声  作者: 仲村戒斗
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第一章‐20

「スナール、それだけでいいのか。二人なのに」


 スナールは結婚して二人で暮らしているらしい。しかし彼が持って帰る量は一人分にも満たないほどの量にも見える。と、スラッグは言う。


「なぁに、うちは菜食派なんだ。肉はあまり食べない。お前もさっさと結婚しろよ、良いもんだぜ」


「抜かせ、尻に敷かれているくせによく言う」


「違いない」


 ヘリオスでは人間の入れ替わりは基本的になく狭い街では同年代の人間がいれば自然とつるむようになる。彼らもずっと昔から一緒にいたのだろう。とても仲が良さそうだ。


「明日も森に行くんだろ、また会ったら一緒に狩ろうぜ」


「また明日。今日は面白かったよ」


 スナールは何がおかしいのか、大笑いで去って行った。


「なんで笑ったんだ」


「面白い奴だろ。他にも仲間はいる。いずれ会う事になるだろう」


 森で狩りをしていれば様々なハンターと知り合う事になる。恐らくスラッグはそう言いたいのだろう。森はハンターにとっての社交場なのかもしれない。仕留めたモンストラクターのほとんどはヘリオスの市場へと持っていき、業者に相当する人に受け渡した。スラッグの仕事は狩って受け渡す、ここまでだ。家へ着くとアテラが出迎えてくれた。


「お帰りなさい、二人とも。今日はどうだった、大丈夫だったの」


 心配そうに訊ねてくる。スラッグは問題ないと大げさに体を動かす。


「コウはとても頑張ったんだぞ、褒めてやれ」


「スラッグの教え方はどうだった、教えるには不十分かなって心配だったの」


 不十分などでは決してない、筋肉頼りな方針だったために体が不十分な俺にはどうしようもない部分があったような気はするが、教官としては十分なのではないだろうか。


「心配は必要なかったよ。スラッグはとても良い兄貴分さ。惜しむらくはそれに応えられなかった事かな」


「いいや、コウは十分に力を発揮した。判断力に優れているし反射性能もいい。今後が楽しみだ」


「過大評価だよ……」


 今日の醜態を存分に見たにも関わらずこの言い分だ。裏があるんじゃないかと疑ってしまう。でもこの男にそんな悪い部分があるようには見えなくてすぐに撤回する。


「はっはっは。アテラ、ちょっと裏で解体してくる」


 存分に笑ってからスラッグはルックの死骸を持って出て行った。


「良い兄だな」


 大きすぎる背中を見て、ひとり事のように呟く。


「豪快すぎるところがあるけれどね」


 そう言うアテラは嬉しそうだった。


「仲が良さそうで羨ましい限りだよ」


 これが家族というものなのだろうか。


「コウにはいなかったのかな」


「んー、どうかな。多分いなかったと思う。そんな気がするんだ」


 記憶がないために、家族、兄弟がいたのかどうかは不明だが、少なくとも兄弟はいなかったんじゃないかと思う。何故そう思うかは分からなかった。


「俺の家族は一体どうだったのだろう、これはホームシックというやつなのだろうか」


「郷愁、ね……」


 俺は過去を思い出す事ができない。過去の事を言うときは思い出ではなく、知識だ。アテラはそれ以上話を広げず、奥へ下がった。俺は自室に割り当てられた部屋へ。二階に上がり角を曲がった突き当り。中へ入りバッグを置いて椅子に腰かける。

急激な運動は体に堪える。俺が想像していたより射手は動かなかったがそれでも木の上に上がるときの負担はあった。内臓は……心配するほどの事はなさそうだ。機能は問題ないように思う。念のため医療技術がどれほどのものか訊いておこう。俺はこの街で暮らす事にしたけれど、このままずっと暮らしていくのだろうか。思い出せない過去を思い出してふと考える。ここは俺が住んでいたであろう場所とは全く異なる。

タイムスリップなのか、平行宇宙の移動なのか、どういった経緯を経たのか見当もつかないが、少なくともここが俺がいた本来の世界とは違う異世界だという事は認めざるを得ないだろう。今更その部分を疑う意味もない。考えるべきは一生元の世界へ帰れずこの世界で死ぬのか、どうなのか。スラッグ、アテラやその家族、スナールはとてもいい人間だった。そこに不満はない。


しかしここは異世界。本来いるべき世界ではない。けれど俺はここにいる。俺が暮らしていくべき場所ではないのに。記憶がないゆえに、戻りたいという強い願望は芽生えないのだが、ここに存在する理由くらい知ってもいいのではないかと俺は訴えたい。俺はここにいる以上、ヘリオスで生きていく。失う前の記憶がどうであれ、俺はヘリオスが気に入ったから、住み続けたいと思ったから、そうしなければ生きていけないから、そのための地盤を固めようとしている。けれど、記憶は取り戻したい。俺が過去にどんな人生を送ってきたのか。

例えみじめでも、思い出さない方がいいのだとしても、生きた証である思い出は持っておきたい。


「未練、なのかな」


 過去に酷く後悔した事があるかのように思い出そうとする感情は強く、切実だ。

同時に胸がちくちくと痛むようでもある。思い出したいのに、思い出したらいけないと訴えかけているようだ。大きな二つの感情が内側でせめぎ合い、苛立たせる。過去が思い出せないだけなのに何故こうも気持ちが揺さぶられなければいけないのだ。幸せに生きたい、それだけなのに。

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