第一章‐18
スラッグによる小型モンストラクター狩りのレクチャーを受けているとき、数人の人間と遭遇した。この森には俺達以外にも多くのハンターがモンストラクターを狩っている。森の土地が広く、狩る時間もまちまちなため出会う事は意外と多くはない。
「精はでているかい、皆」
「ああ勿論。ただ今日は彼に狩りを色々教えているから、収穫は少ないがな。そっちは大型を狩りに行くのか」
「その通りだよ、クルーガを狩ろうと思っている。十五メートル級を見たという情報を聞いたものだから仕留めたくてね」
「おいおい、俺を差し置いてクルーガ狩りたぁ良い度胸してるじゃねぇか。俺にも声を掛けろよ」
「スラッグなら一人で終わらせるじゃないか、俺達の出番がなくなる」
六人いるハンターの内一人とスラッグは親しそうに話す。一体どういう人なのだろう。
「挨拶が遅れたね。俺はスラッシュ。学者をやっているけれど、狩りもよくやるんだ」
「俺はコウ。昨日この森に迷い込んだところをスラッグに助けられて、そのまま世話になってるんだ」
物腰柔らかい口調のスラッシュは、スラッグやスナールのように厚い筋肉に覆われた体ではなく、どちらかといえば俺に近い線の細さだ。勿論ハンターであるという説得力のある筋肉は、露出している前腕を見る限り持ち合わせている。スラッシュが従えている五人のハンターとも名乗り合って、それから彼らはモンストラクターに乗って奥へ消えていった。
「学者のハンターか、面白いね」
「スラッシュは人間の心理について研究している奴でな。その事に関しては何を言っているのかさっぱり分からないが、狩りについてはよく語り合う仲なんだ。そして、俺と違って体を鍛える代わりに複数での狩猟法を考えている頭脳派ってわけさ」
六人で狩りに出かけているのはそういう理由か。
「……コウ、今日は見るだけにしようと思っていたが、小型程度ならやってもいいだろう。体の具合は大丈夫か」
眺めているのも飽きているところだったのでその提案は願ったり叶ったりだった。
「問題ないよ。望むところさ」
実際は節々が痛むものの、言う程のものではない。体を動かせば普通痛む。グラスレットを握りしめて見渡す。木に登らずにいるが、小型区域は狂暴なモンストラクターはいないらしいので危険はない。
「小型を狩るときはこの矢がいい。大型用だと威力が強すぎるからな」
俺が背負っていたバッグから、矢を差し出す。それを受け取ってからグラスレットにセットする。先端の尖った細工なしのシンプルな矢だ。すぐに射れるようにしながら獲物を探す。小型モンストラクターは特に数多く生息している、と言っていた通りすぐに見つかった。それはキヌトではなく新しく見る種類だった。キヌトより大きく俺が知る動物で例えるなら犬に近い。全長一メートルあるかないかくらいだった。
「よし、当ててやる」
十メートル弱離れた目標に狙いを定める。ゆっくり歩くそのモンストラクターに向かって矢を放った。すると、俺が後ろに転げるのと同時に拍子抜けするほどあっさりと矢は目標の横腹に突き刺さった。だが。
「しまったっ」
刺さりはしたものの仕留めるには急所を外しすぎていた。腹に矢を受けたまま走って行ってしまう。
「当てた事は褒めよう、しかし、あの状態で逃がすのはやめておいた方がいいな」
グラスレットを構えたスラッグが後ろから現れ矢を放った。矢は瞬時に逃げて行ったモンストラクターに刺さり、やがて転んで動かなくなった。
「流石スラッグ。一発で仕留めたぜ」
「これは単純に矢の違いなんだ。コウが射ったのはただの矢だが、俺が射ったのはエスターン。刺さると体を麻痺させる効果がある。そのバッグにも入っているぞ」
「そんな便利なものがあるなら先に言ってくれよ」
「悪いな。狩りの常識ってやつを分かりやすく教えるにはこれが早いと思ったんだ」
そんなサプライズはいらないぞ、と叫びたかったが、スラッグが楽しそうにしていたから言いそびれてしまった。
とどめをさしたモンストラクターを回収していると、スナールが提案する。
「俺はそろそろ向こうに行こうと思う。二人も一緒に行かないか、初心者とはいえ、コウは上達が早いようだし問題はないと思うんだが」
稼ぐために複数のモンストラクターを狩ろうと中型が棲む区域へ移動するらしい。
「確かに、ここでの動きは十分だった。中型は人間を襲う種類もあるものの木に登っていれば安全に仕留める事もできる。しかし中型へいくのはいささか早すぎると思う。コウは思う」
スラッグとしては安全に、確実に段階を踏んで俺をステップアップさせたいようだし、その気持ちを汲むのならまだ小型も攻略できていないうちから中型へいくのは確かに早すぎる。けれど、この街で、いやどこでだってそうだが生活するには働いて稼ぐしかない。しかし今の俺は訓練生のようなものだ。悠長に訓練していればスラッグはモンストラクターを満足に狩れず、稼ぎが少なくなって負担が増す事だろう。
できる事なら短縮に短縮を重ねて今すぐにでも大型を狩りたい。しかしそう簡単にスラッグのようなハンターになれるわけではなく、最低限時間は必要だ。それでも、少しくらい早くしたい。明日やるのなら、今日にだってできるはずだ。そう考えたら答えは一つしかない。
「俺がやるべきなのはモンストラクターを安全に、確実に仕留められるようになる事。スラッグ達のように。ヘリオスでスラッグの家族として胸を張って生きるには街に貢献しなければいけない。俺はその目標に向かって一日でも一時間でも一秒でも早く上達したいという気持ちがある。スナールの提案に賛成だ」
「決まりだな。コウの装備は万全なのか」
「ああ、ハンターの装備は一通り身に付けさせている。なんなら大型区域でも行けるぞ」
「流石にそれは勘弁してくれ」
もし行ってしまったら俺は今度こそ死んでしまう。ショートカットはやりたいがカットのしすぎも禁物である。そして俺達は中型区域へと向かった。移動にはモンストラクター、ホイーラーの背中に乗って行う。唯一、移動、輸送手段として活用できるモンストラクターで、昨日大型区域から抜けるときもスラッグが操っていた種類だ。
「もう少しで中型区域に入る。とは言っても明確な境界線があるわけではなく、先人の観察によっておおよその範囲を決めたんだ。あそこに見えるだろう、あれが境界の役目を担っている」
スラッグは奥に見える木に打ちつけられた目印を指し説明する。
「ここからは命の危険が付きまとう。俺やスナールは長年この森で狩りをしているから滅多な事では死なないが、慣れていない者は容赦なく死ぬ。少しでも危険だと思ったら木の上に逃れるんだ」
「肝に銘じておくよ」
中型区域に来ても風景は変わらない。それは大型が棲む森の中央でも同じだ。どこまでも太く長い木が視界を覆い尽くしている。ホイーラーから降りて、グラスレットと最低限の矢を担ぎ徒歩で区域内を散策する。
「いつモンストラクターが現れてもいいように、木との適切な距離を測っておくんだ。チャージャーを掴んでしまえば退避できたも同然。安全を一番に考えろ」
「そうそう、これからすぐ、アイツがこっちに来る前にな」
飄々とスナールが軽い口調で言うものだから、それがそうなのだと気付くのに一秒遅れた。俺達が行く先にモンストラクターが一体、姿を現していた。
「コウ、木へ登れっ、ルックだっ」
早速だ。スラッグの大声に急かされて俺はすぐ近くの木に駆け寄る。
気付いて走ってきたルックの足はとても速い。チャージャーを引いて木の上へと登る。スラッグとスナールも別の木に登っていた。




