第一章‐17
「スナールじゃないか。来ているんなら言ってくれよ」
「すまん、コウと話していてな、機を見失っていた」
スラッグは小型モンストラクターを掴んだまま俺達がいる木の上に登ってきた。
「ほら、小型なら簡単に捕まえられるだろ、コウだってできるはずだ」
「簡単なのかはともかく、まさか何も使わず素手だとは思わなかったけれどね」
スラッグは笑いつつバッグから布袋を取り出しそこに小型モンストラクターを入れる。そこでも暴れない。死んでいるわけではなさそうだが。
「そして、この袋をこの木に引っかけ、次の獲物を探す。獲物を持ったままだと邪魔だからな」
木に打ちつけてあった金具に袋の紐を引っかける。小型であればこうやって木に獲物を置いておくのか。しかしこれでは不用心なのでは。
「置いて行ったら盗まれないか」
「ない事もないだろうが、そうそう盗まれんよ」
「盗まれない、本当に、袋に入れて置いてあればすぐ盗まれそうなものだけれど」
思わず驚いた。何故盗まれないのか不思議だ。知識上の過去……それでもそこまで治安が悪い事もなかったようだが、流石に誰でも立ち入る場に放置するのはあまり感心できないだろう。
「盗むまでもなく、そこらへんで捕まえられるというのも理由の一つかもしれない。わざわざ盗んで反感買うより、ちょこまか走ってるキヌトを仕留める方が後腐れなく、手っ取り早い」
キヌトと呼ばれる茶毛のずんぐりした小型の四足動物は、他より数が多く、警戒心がとても薄い。長い間狩られているにも関わらず。変わらない学習能力のなさは子供でさえ簡単に捕まえられるようだ。
「捕獲が容易なのはキヌトくらいなもんだけど、盗まれないのは他も同じ。ヘリオスには良い奴ばっかなのさ」
スナールが付け足す。ヘリオスには良い奴ばかり。彼らを見ていると本当なのかもしれないと思ってしまう。
「さて、ここでチャージャーの使い方を教えよう。木に固定している方は理解しただろうが、腰に付けた方はまだ教えてなかったな」
スラッグは腰に提げたチャージャーを指し示す。そのチャージャーを操作してアンカーを打ち出し、近くの木に刺した。
「あとは巻き取るんだ」
巻き取り装置を稼動させるとアンカーに繋がれているスラッグの腰についたチャージャーはワイヤーを巻き取り、その体が空中に引っ張り出される。
「スラッグっ」
思わず叫んでいた。いくらワイヤーが丈夫でも、木に備え付けられているチャージャーと違いストッパーがない。あのスピードで木に引き寄せられれば叩きつけられて死ぬ。
「なぁに、問題ない」
すぐ後ろでスナールは言った。そう、俺が今更心配することなどないのだ。今まで
だって何回もやっている事。当たり前の動作。スラッグは木まであと三割というところで巻き取りを中断し減速。慣性で近づいて自由落下で到達した。そうすれば早く、そして比較的安全に木から木へ渡れる。
「なんて危険な移動手段なんだ」
「確かに危険ではあるけど、この森じゃ何でも危険だ。この移動はむしろ安全だぜ」
他が危険すぎて相対的に危険ではないという事か。そんな馬鹿な。
「コウだって簡単にできるようになる。こうやってな」
スナールもスラッグと同じようにチャージャーを木に射出して飛び去っていく。
目測だが、チャージャーは五十キロに届くかという速度で巻き取り機が稼動している。彼らはなんでもないように運用しているが、乗り物ならまだしも身一つで体感するとなればとても苦しいはずだ。腰から引っ張られていくために態勢を保つ難しさもある。そして単純に恐ろしい。アンカーを突き刺した木に移動するには途中で減速して巻き取りをストップさせる必要がある。逆にストップさせなければ木に五十キロのスピードで叩きつけられる。運が良かったとしても重傷は免れないだろう。木に備え付けられているチャージャーが、どれだけ安全で楽だったのか、よく分かるというものだ。
「しかし、この段階で怖気づいてちゃ俺は何もできやしないってわけだ」
大型の狂暴なモンストラクターと対峙しているわけでもなく移動をするだけの事に俺は躊躇している。木から木への移動はこの森では初歩の技術だ。突破できなければ大型モンストラクターを狩る事などできやしない。無様に死ぬのだろう。けれどそんな無様を晒すわけにはいかない。馬鹿馬鹿しい。俺なら軽々しくやり遂げられる。そう信じる。腰に提げたチャージャーに備え付けられている小型グラスレットのような射出機でアンカーを放つ。棒状のアンカーは木に刺さると、先端が木の内側で展開して抜けを防ぐ。準備は終わった。あとは巻き取り機を稼動させるだけ。空中での挙動をイメージする。大丈夫、上手くやれる。落ち着いてスイッチを入れた。すると腰が急速に前へ引っ張られバランスを取るなんてできないような速さで宙に投げ出される。体感すると見ているとき以上に速く、一瞬で木が目の前に迫る。このままではぶつかってしまう。スイッチを入れたまま触れていたチャージャーのスイッチを再び押す。すると急激な加速がなくなり、体に残っている慣性によってわずかに前へ進む。
もう少しで木へ到達する、というところで引力によって下へ落ちる。しまった、と思った頃には遅い。ワイヤーで繋がれたまま落下して木にぶつかった。
「はっはっは、面白いねぇ、コウ」
手を叩いてスナールは笑う。ぶつかった俺はそれなりに痛いのだが、大怪我になっていない故に笑える失敗となった。ワイヤーを巻き取ってアンカーを外してから下に降りる。
「コウは飲み込みが早い。次こそは上手く扱える事だろう」
「スラッグは俺を過大評価しているんじゃないかな」
グラスレットの練習のときもだが、失敗しているのに筋が良いと褒める。自分からすれば態勢を維持する事もできず、やっとの思いで的の方向に矢を放つ事ができるようになった程度だったのだが。しかし筋骨隆々で鍛える事に余念がないトレーニングのエキスパートみたいなスラッグに、呑み込みが早いと評されたという事は見当違いでもないのだろうか。
「そもそもの話、襲われてあんなに恐れていたコウがハンターになろうとしている事が素質があるってもんだね。恐怖をまんま恐怖として扱うんじゃなく体を動かす原動力にするってんだから逞しいよ。スラッグが気に入っているのも理解できるぜ」
スラッグの友人も賛同する。襲われたときの事自体はつい昨日の事だから鮮明に思い出せる。死に直結するはずだったその光景は脳裏から離れない。だが不思議な事に狩りたいという欲求はすぐに生まれた。しかしスナールの言うような、恐怖を原動力にという意味ではなく、好奇心という意味合いが強いのだ。




