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太陽の声  作者: 仲村戒斗
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第一章‐15

 スラッグの自宅から数分歩いた距離に射撃場があった。そこには射撃位置から数十メートル離れた位置に的が設置してある。


「射出武器用の訓練場だ。流石に最初から動く的を狙うのは難しいだろう。まずは静止したものに安定して当てられるようになるべきだ」


 言って、スラッグは担いできたバッグからグラスレットと矢を取り出す。矢はスラッグの部屋に置いてあったものとは違い、先端にとげが付いた棒きれのようだった。訓練用の簡易矢だろう。


「まずは見本を見せてやる」


 グラスレットを構え、棒きれをセットする。彼の姿勢は武器が弓に似ているのと同様、射手と似ている。しかし、射手と違うのは動きに繊細さがないことだ。動かし方の違いか。スラッグはグラスレットの後部真ん中を左手で握り、前部中心から伸びる矢のセットガイド兼グリップを右手で握り、それを後ろへ引く。そして離す。矢はグラックの脚筋によって押し出され、遠く離れた的へ突き刺さる。それは一瞬だった。あっという間に矢はスラッグの手元から離れて空を切り、的のほぼ中心へ。


「そんなにスピード出るのかよ」


「グラックの筋肉は引くときは滑らかだが、ひとたび手を離すと力が爆発してとてつもない力を発揮する。近接格闘では打撃武器としても使える優れものだ」


 革で覆われたグラックの筋肉を自慢するように叩く。近接格闘できる弓なんてそうそうあるものではない。むしろ史上初なのでは。惜しむらくは知識上の現代にグラックという生物がいないため製作不可能だということか。いやそもそも効率化された現代兵器に弓が使われる事はなく、特に惜しくはなかった。


「さぁ、コウ。やってみろ」


 いよいよ俺の番だ。差し出されたグラスレットを受け取り、重さに不安を抱きつつスラッグのように左手を伸ばして的の方へ構える。重い。まともに構えられたのは十秒が限界だった。十キロ級の武器を軽々しく持てるはずがなかった。鍛えていたんじゃないかとスラッグに言われたが、その恩恵はありそうにない。


「仕方ない。しゃがんで射ろう。こうやって膝をついて、グラスレットを地面に置くように構えるんだ」


 片膝をつく姿勢になり、同じように構える。全重量を支える必要がなくなった分、力に余裕ができる。武器の角度を抑え、右手で矢をセットしてグリップを握る。そして引く。スラッグが言った通り、引く力は大して必要ない。このまま限界まで引いて的への最終調整。照準の仕方が分からないが、それは経験で理解していけばいいだろう。まずは動きに慣れなければ。


「……うーむ」


 右手を放し、矢は放たれる。しかし、力が想像よりも強く俺の体が前に引っ張られそのまま地面に体を打ち付ける。矢は放たれたものの放たれる途中でバランスが崩れたために回転しながら宙を舞い、落下した。


「最初は誰でもあんなもんだ」


「……うん」


 最低でも的のある位置までは飛ばせなくては意味がない。それから暫く照準を合わ

せる練習を続けた。





 二時間程は粘っただろうか。支えるだけだった左手はかくかくと震え、右手は痛みで動かせない。これ以上連続での継続は難しかった。成果はと言えば。


「短時間でここまで命中率を上げられるのは大したもんだ。才能があるんだろうな」


 と、それなりに高評価が返ってきた。


「この腕を酷使するのは思ったよりきつい、こんなはずじゃなかったんだけど」


 俺の腕は貧弱だ。筋肉があるように見えてもグラスレットを満足に扱うには全然足りない。


「俺が意地でも鍛え直してやるさ。お前を家族に迎えたんだ。俺と同じくらいの仕事はしてもらわないと困るぞ」


 ……いや流石にそれは無理だから。


「スラッグは今日、森に行くんだよね」


「勿論だ。コウも行くんだぞ。今のを見る限り、実戦はまだ早いが俺が仕留めるところを見るのは問題ないだろう。コウは飲み込みが早いから、すぐに見せた方が良さそうだ」


「そうだね、俺だって長くただ飯を食らうわけにはいかないし、一日でも、一時間でも早く学んでモンストラクターを狩る事が建設的だ」


 この街でモンストラクターを狩って生活する者は全体の三割ほどだそうだ。残りの七割は女子供、老人、狩り以外を生業とする男。狩り以外にも力を必要とする仕事は多いし、狩りの片手間にやれるほど楽ではない。それに、体が力仕事に向かない人間や病気を持った人間だって当然存在する。男の多くが狩りをしているわけだが、恵まれた健康体を持った人間に許された特別な仕事でもある。それは男性のみに限ったものではなく、女性も例外ではない。モンストラクター狩りに参加する女性の存在をスラッグに聞かされた時は心底驚いた。俺が知る戦士はスラッグと、昨日すれ違ったスラージくらいなものだから、その女性がどれほど屈強な肉体を持っているのだろうかと一瞬想像してしまったのだ。このヘリオスという街は得体のしれないものを秘めすぎているのでは……。


「同じようにつけるんだ。森ではこれが重要になってくる」


 家に戻り、武器部屋で森に向かうための荷物をまとめる。スラッグに渡されたのはチャージャーだ。装着手順を見よう見真似で腰に装着する。


「チャージャーは森に行くハンターの中では標準装備で、これがあるのとないのでは行動選択の余地が大きく変わる。上手く扱えなかったら事故に遭って死ぬが」


 さらっと怖い事を言うのはやめてくれスラッグ。俺はこの環境に対してピュアなんだ。例え冗談だとしても足がすくんでしまうじゃないか。


「軽い冗談はさておき、俺の武器はご存じエッジライナーだ。コウが見た通り、切れ味は抜群の優れもの。エッジスコナーの中でも大型の個体から作ったからな。一級品よ」


 俺の身長ほどもある長大で幅広の巨大剣は一振りでエッジスコナーの首を切断できる鋭さがある。俺にはとてもじゃないが持てない重量の剣は、二メートル近い長身で恵まれた上質の筋肉を作り上げたスラッグの主力武器としては十分すぎるほど似合っていた。


「俺以外にもエッジライナーを扱うハンターはいるが、この超大型を扱えるのはほんの一握りだろうな」


 そりゃあそうだろう。むしろスラッグ以外に扱える可能性のある人間がいる事の方

が驚きである。


「コウは念のためグラスレットを持っていてくれ、背中に担げばあまり気にならないはずだ」


 言われた通りに、グラスレット、矢を入れたバッグを受け取って背中に担ぐ。その過程で先程の訓練が尾を引いて肩や肘関節、腕全体が痛む。疲労は長引きそうだ。


「他にも持つべき装備はあるが、見るだけなら余計だろう。チャージャー、グラスレットの二つがあれば保険としては十分」


 狩りを行うスラッグは更に持つべき装備を身に付けていく。背中に背負った剣とグラスレット以外は軽装に見えているのだが、実はかなり重装備だった。武器が小型であり、スラッグが巨体であるがゆえの錯覚である。俺が全て装備すれば相応な重装備に見えるはずだ。


「整ったな。行くぞ、モンストラクターが棲まう森へ」


 扉側に振り向いて右腕を上げ、手首から先を前方へ曲げて出発のサインとするスラッグ。俺はその大きな背中についていった。



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