第四章 7)アリューシアの章
「アリューシア、何を訳のわからないことを言ってるの?」
アリューシアの母が、今まで見たことのない表情を見せた。
「どうしてよ? 魔法がボーアホーブ家を救ったんでしょ? 私も魔法使いになって、ボーアホーブ家を守ります」
アリューシアは母に向かって堂々と宣言した。
しかし母は今にも卒倒しそうな表情である。
「アリューシア、あなたは自分が何を言っているのか理解しているの?」
(あれ? どうして?)
それはとても鮮やかな解決だと思われたのに、アリューシアはまさかの出来事に戸惑っている。
どうすれば、あの魔法使いと自然と仲良く出来るだろうか? アリューシアはずっとそれに頭を悩ませ続けた。
侍女であり、友達でもあるラダとも話し合っていた。彼女以外の侍女、たとえばリーズなんかとも。
しかし彼女たちはまるで頼りにならない。諦めろとは言わないが、そんな方法はございませんの一点張り。
仕方がないので、アリューシアは自分で考えに考えまくったのである。そしてその解決方法を案出したのだ。
アリューシアも魔法使いになる。そして彼の弟子になる。
すると彼と仲良く出来る。
それだけではなくて、アリューシアは魔法が使えるようになって、その魔法でボーアホーブ家を守ることも出来る。
どの角度から考察しても、完璧な解決法だと思われた。しかし母親はなぜだか激怒しているのである。
「お父様に言いつけますからね!」
「どうぞどうぞ、私は全然構わないわ」
むしろ今すぐ自分から父の部屋をノックして、全ての思いをぶちまけたいくらいだ。
アリューシアだって、ボーアホーブ家の行く末が心配で堪らなかった。
ギャラック家との争いによって生じた危機には、本当に心を痛めた。美味しい食事も喉を通らないくらいに。
何ならば戦場に赴いて、自分の力で救いたいと思っていたくらいである。
結果的に、アリューシアは何の力にもなれず、兄のアランがボーアホーブ家を救ってくれた。
兄ははるかに年上だし、強い男性だ。自分とは違う。その事実は充分に理解しているが、その凄まじい活躍を羨ましく思うこともあった。
もちろんどんなに努力をしても、アランの真似は出来ない。
しかしアリューシアだって、父や母に褒めてもらいたいのである。父と母を助けたいのである。
「魔法使いになる」という宣言は、そのような気持ちが基盤となっていたのだから、母が見せたこの態度に、アリューシアは戸惑う。
それはアリューシアの真心だ。父と母への親孝行の気持ち、もっと言えば、愛なのに。
しかし父の反応もまた、母と同様に厳しいものであった。
「アリューシア、お前は悪魔にでも取り憑かれてしまったのか」
父の髭が怒りと共に震えた。
「え?」
「私はお前をこのような娘に育てた覚えはない! 魔法使いという生き物がどんな物なのか、お前は少しも理解していないようだな」
「よく、理解してるわ。お父様。魔法は美しい。この世で最もキラキラしたもの。そして、それを扱う魔法使いは、もっと美しい存在」
アリューシアは少しも物怖じすることなく、ずっと心の中で思っていたことを告げた。
魔法は宝石を代償として発動されると聞く。だったら、魔法が宝石のようにキラキラと輝くのも不思議ではない。
「な、何を愚かなことを! 魔法使いは売女のようなものだ。下賎な女が金で肉体を売るのと同じように、魔法使いたちは悪魔に魂を売る」
「あなた、アリューシアの前でこのような汚い言葉はお慎み下さい」
母はさすがに眉をひそめて、激しく興奮する父を諌める。父も幼い我が娘に向かって、このような汚い言葉を発してしまったことを本当に後悔するよう、寂しげに俯いた。
アリューシアは父の言葉の意味を完璧に理解したわけではなかったが、父が魔法使いという職業を侮蔑していることは理解出来た。
そして父のその感情が、アリューシアの心を揺さぶったことも確かだった。
(だ、だけど・・・)
「わかったかい、アリューシア。もうこれ以上、私たちを困らせないでくれ」
父が先程までの厳しい口調とは打って変わって、教会の神父様のように優しく微笑みかけてくる。
「でも私・・・」
「アリューシア、私はお前を本当に愛している。お前には寂しい想いをさせたつもりはないし、これからもお前を寂しがらせることはない。お前の欲しい物は何でも与えてやったし、これからも何でも与えてやろう。しかしもう二度と、さっきのようなことを言わないで欲しい。私は苦しくて胸が張り裂けそうだったよ、アリューシア」
父はもはや「魔法」という言葉を口にするのも不愉快な様子である。その言葉は、この世で最も汚らわしいものだとばかりに迂回して通ってゆく。
「でも私・・・」
「さあ、私の気持ちはわかってくれたであろう。部屋に帰りなさい」
「でも私・・・」
アリューシアは部屋を出る。何とか父と母の前で泣くのは我慢出来た。
彼女は自分の部屋までの暗い廊下を、赤子のようにおぼつかない足取りで、ふらふらしながらに帰っていく。




