第1話
ミュウリアはゆっくりと魔法陣の中の人物に視線を向ける。
背丈は自分と同じか少し高いくらい。
徐々に明らかになっていく姿にミュウリアは釘付けになった。
勇者の召喚に成功した。
その事実に、ミュウリアの胸は期待で高鳴った。
「これで…。」
その呟きと同時に魔法陣から召喚された勇者の姿があらわになる。
黒い髪に藍色の瞳。
すらりとした身体に整った顔。
ミュウリアが特に驚いたのはとてつもなく美しい"女性"が現れた事だった。
歴代の勇者はほとんどが男性。
だがミュウリアの魔法陣から出てきたのは女性。
キョトンとした顔のミュウリアに勇者として召喚された女性が歩み寄る。
「異世界人…?」
黒のハイネックを着た女性を目の前に、ミュウリアの声は思わず上擦った。
たじろぎながらも毅然とした態度を保とうとする。
「初めまして、私はミュウリア。貴方のお名前は?」
微笑みながら問うと女性も微笑みながら答える。
「私は藍莉。初めまして、ミュウリア様」
小首を傾げてくる姿に不覚にもドキッとした。
整った顔立ちも相まって少し妖艶に見える。
「え?何で様付け…?」
ミュウリアは大きな瞳を揺らめかせながら首を傾げた。
毅然とした顔は腑抜けたものになり、そのコロコロと変わる表情に藍莉の警戒心は和らいだ。
「ティアラは無いけど服装からしてお姫様でしょ?」
その一言にミュウリアは改めて自身の服装を見る。
白ベースで赤い差し色が入ったドレスに豪華な黒の装飾があしらわれている。
一目見れば、ミュウリアが平民ではない事が分かる服装だ。
「コレで平民ですなんて言っても通用しないか…」
しまったな、と思いながらもミュウリアは別に隠す必要はないと判断し、藍莉に向き直る。
「私は、ミュウリア・アルマトロン。このフロレシア王国、国王の娘。どうしても行きたい所があって、勇者として貴方を召喚しました。」
そう言うとミュウリアは藍莉の方へ手を差し出す。
「私と一緒に魔王城まで行きましょう!」
キラキラと輝く赤い瞳には艶やかな彼岸花を想わせるような紋様が浮かんでいる。
その輝く瞳を見ていると、この世に怖いものなど何一つなく、その先に待つ冒険への期待で胸がいっぱいなのではないか。
そんな気さえする。
いつの間にか、藍莉の中からミュウリアへの警戒心は消えていた。
しかし、魔王城へ向かうという目的には疑念が残った。
「魔王城へ行く理由を聞いても…」
言いかけた藍莉は、これより先の言葉を飲み込む。
視線の先には、期待で瞳を輝かせるミュウリアの姿があった。
本当にただ魔王城に行きたいのだと思わせる視線。
藍莉は目を閉じ、数秒考えた。
今度はゆっくりと目を開けミュウリアを見据える。
「私で良ければどこでもお供いたします。」
藍莉が微笑んで言えばミュウリアの瞳はよりいっそう強く輝いた。
「ありがとう!じゃあ早速、装備とか色々整えないとね、えーっと、あい…り?」
ミュウリアは少し申し訳なさそうな表情を浮かべながら藍莉の方を向く。
「(異世界の名前は呼びにくいのかな…)」
藍莉も少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
しばらくの沈黙を破ったのはミュウリア。
「あ!そういえば!」
弾かれたように身体を翻し、隣の部屋の本棚へと急ぐ。
迷うことなく目的の書物を手に取ると、その場に座り込み魔法書を読む。
凄まじい速さでページをめくっていく。
藍莉はミュウリアの本を読む速度に驚きつつ近くの書物を手に取り適当にページを開く。
開いたページに書かれた文字は藍莉の世界とは異なる物だった。
「(なんて書いてあるんだろ、なんだか日本語みたいだけど…)」
藍莉がいた世界の文字に少し似ているせいか、若干読めそうだとぼんやり眺める。
「あった!!」
静寂を破ったのはミュウリアだった。
目的のものを見つけた喜びを瞳に宿し、藍莉へと視線を向ける。
びっくりした藍莉がミュウリアの方を見ると双方の視線が重なる。
ミュウリアの彼岸花を思わせる鮮やかな赤い瞳に藍莉は惹き込まれそうになった。
「前、読んだ魔法書に『召喚された勇者への名付け』って書いてあったの!」
目をキラキラさせたミュウリアは、勢いよく藍莉に魔法書を差し出した。
開かれたページの文字はやはり藍莉には読めない。
そして、ミュウリアは続けた。
「『術者は異世界から召喚された勇者に敬意と信頼を込めて、この世界での名を贈る』って。ということで、私は貴方に名を贈ります!」
自身の腰に手を置き、胸を張ったミュウリアは得意げな顔つきだ。
「うーん、元の名前を無くすのは嫌だから…並び替えとか付け足しぐらいにしたいなぁ…」
そうブツブツ独り言を呟く声も藍莉には聞こえている。
左右に揺れながら藍莉に贈る名前を考えるミュウリア。
「よし!決めた!」
そういうとミュウリアは藍莉の手を取り、ゆっくりと目を閉じた。
「異なる世界から来た勇者よ。貴方への敬意と信頼をこの名に…『アイリーン・クレイシア』この名が、貴方の進む道を照らす光となりますように。」
言葉を紡ぎ終えると藍莉の身体を優しい光が包んだ。
藍莉は自身の魂に『アイリーン・クレイシア』の名が刻まれるのを感じた。
目を開けたミュウリアは真っ直ぐ藍莉を見つめ、笑顔を向ける。
「名前、どうかな?」
小首を傾げながら聞く仕草はきっと、ミュウリアの癖なんだろう。
藍莉は異世界召喚という未知の体験をしているのに落ち着いていられるのはきっと目の前で小首を傾げる姫のおかげだと思った。
無表情の藍莉にミュウリアは少しばかり不安を覚える。
「あ、一応意味があってね。」
沈黙に耐えられなかったミュウリアが口を開く。
「アイリーンはあいりの名前を変えたくなかったから少し付け足したけど…クレイシアには『道を照らす星』っていう意味があって、『クレイ』が道を照らす、『シア』が星って意味なの」
こちらの様子を伺う仕草をしながらミュウリアは少しずつ不安そうな顔になってきた。
藍莉としても嫌という訳ではない。
藍莉は魂になが刻まれた未知の感覚に戸惑っていた。
けれど、贈られた名前そのものはむしろ嬉しいくらいだった。
「やっぱり…嫌だったかな?」
瞳を潤ませながらミュウリアは藍莉に問う。
それに藍莉は穏やかな口調で答えた。
「いいえ、名前を刻まれる感覚が初めてで戸惑ってしまっただけ。名前自体はとても素敵だから嬉しいわ。」
そういうと、藍莉ことアイリーンは優しく笑う。
アイリーンの言葉に、ミュウリアは安堵の表情を浮かべた。
「よし!じゃあ早速、お父様達の所へ行って冒険に出る準備をしなくっちゃ!」
ミュウリアはアイリーンに向けて手を差し出した。
差し出された手をアイリーンが取ると、ミュウリアは嬉しそうに微笑む。
「行きましょ、アイリーン!」
重たい扉を開けたミュウリアはアイリーンと共に走り出した。




