プロローグ
満月が紅く染まる夜、目の前の光景はとても残酷なものだった…。
街は禍々しい炎で包まれていく。
耳を劈くような悲鳴は城の中まで響いている。
使用人に引っ張られながら逃げるミュウリアの視界の端に揺れ動く影…。
顔を上げると空中に佇む黒い人影。
月明かりに照らされた空に浮かぶ人影にミュウリアは何故か目を奪われた。
妖しく嗤うそれをとても美しいと思った。
「あの人影は…」
━━数年後。
「ここをこうして…あとは…あ!ヤバ!もうこんな時間!行かなきゃ!」
時計を見ると宴の時間になっていた。
急いで書物を片付け会場へ向かう。
国の復旧も終わり、穏やかな時間が流れている。
会場に着くと、すでに大勢の人々が楽しそうに談笑している。
扉の開く音で会場の人の視線はミュウリアに向けられ、その中の一人の男性が早足で歩み寄ってくる。
「ミュウリア!18歳の誕生日おめでとう!」
この男──ニル・アルマトロンはミュウリアの父親であり、この国の王でもある。
ニルは両腕を広げてミュウリアの方に寄ってくる。
ミュウリアはその腕には収まらず母親のキュレム・アルマトロンに駆け寄る。
ミュウリアに避けられたニルはしょんぼりと肩を落とす。
その横で、微笑みながらキュレムがミュウリアを抱きしめた。
その光景に、会場のあちこちから祝いの声が上がった。
ミュウリアは軽やかに壇上へ上がりクルっとスカートを翻しながら振り向く。
「皆さん。本日は私の為に集まって下さりありがとうございます。ささやかではありますが存分に宴をお楽しみください!」
そう言ってミュウリアが両手を広げると会場からさらに大きな歓声が上がった。
来客に笑顔で挨拶を交わし父親の娘自慢を聞かされる。
「ふぅ…」
小さく息を吐きながらミュウリアは1人宴会場からテラスへと移動する。
「(やっぱり人混みは苦手だわ…。)」
そう言いながらテラスの手すりの上にあがり下へ飛び降りる。
「はぁ〜!疲れる!清楚で育ちのいいお姫様演じるのも楽じゃないわ〜」
そう言いながら冠を外す。
「セツ!」
名を呼ぶと庭木の影からすかさず姿を現した。
ブロンズ髪の彼女はセツ・ラフレクラン。
ミュウリアの付き人である。
「なんでしょうか?」
素っ気なく言うがミュウリアの意図を汲んで冠を受け取る。
「もうさ、挨拶回りしたし宴から去ってもいいでしょ?お父様に言ってきて。」
「わかりました。ミュウ様は体調不良でトイレから出られなくなったとご報告させていただきます。」
顔色一つ変えずにセツが言う。
「いやいや!他に言い方あるでしょ!」
ツッコミを入れながらセツを送り出す。
「あ、セツ!またあそこに行ってくるから。」
振り向いたセツは少しため息をつきながら答えた。
「わかりました。」
そう言って宴会場に入っていった。
「(これでよし)」
そう言って足早にある場所へ向かった。
鍵を開け重たい扉を押し開ける。
薬品の匂いが立ち込める石造りの部屋。
ミュウリアは迷わず本棚から1冊の本を取り出し隣の部屋へと移動する。
「ふぅ…あと少し…」
魔法の書物を読みながら床に魔法陣を描いていく。
描かれた線は白く淡い光を帯び、複雑な紋様を形作っていった。
全てを描き終え立ち上がる。
「よし!完成ー✨」
目をキラキラさせながら汗を拭う。
足元に広がる魔法陣を見つめ、満足げな笑みを浮かべた。
書籍を棚に仕舞い魔法陣の縁に立つ。
そして深呼吸をして目を閉じる。
両手を胸の前で組み、祈りを捧げる。
すると魔法陣が青白く光を放った。
魔法陣の中央から放たれる光は徐々に強くなり、やがて一本の光の柱を作り出した。
室内を静寂が包む。
書物には『この魔法陣の失敗には代償がある』と記されていた。
ミュウリアは嫌な汗が頬を伝っていくのを感じながら魔法陣を見つめた。
光の柱がいっそう強くなり、その中心から人影のようなものが現れる。
ミュウリアの瞳に安堵と希望が宿る。
魔法陣の中の人影はゆっくりと顔を上げた──。




