第49話 推しフィギュアみたいに
いったい朝からどんなコスプレをしてくるんだろう。
眠いはずの時間なのに、ベッドに横になっても目はやけに冴えきっていた。
(これも結局、僕のことが好きだからなんだろうな……?)
芽生の辞書に駆け引きなんて言葉はないみたいだ。
ひたすら押して押して押しまくる、とでも言うべきか。
一方で、このまま僕だけ何もしないでいいのか、という気もしていた。
(やっぱり山本に相談した方がいいよな。)
他のことはともかく、女関係のことならあいつは詳しい。
……すぐ別れちゃうところはちょっと引っかかるけど。
そうやって悩んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまった。
ふと横で、さらさらと衣擦れの音がした。
「ん……? 芽生、来たの?」
眠気に負けて目も開けず、小さな声で尋ねた。
ところが、
「うあっ、うわあっ、だ、ダメですぅ……! も、もう少し寝ててくださいぃ……!!」
と、なぜかひどく慌てた声が返ってきた。
間違いなく芽生の声だけど、いったい何なんだ。
理由は分からないけど、とにかくもっと寝ろと言うので素直に従った。
体感で20分ほど経った頃だろうか。
「も、もう起きてくださいぃ……!」
今度は僕を起こす声がした。
なぜか、わずかに震えている。
声のした方へ顔を向け、ゆっくりと目を開けた。
次の瞬間、視界に飛び込んできた光景に全身が硬直した。
「……え」
芽生が朝から僕の部屋にいる。
これはすっかり日常になったから今さら驚かない。
それよりも芽生の格好が――
「バ、バニー……?」
「は、はいぃ……!」
どこに目をやればいいのか分からないほど、芽生はクラシカルな正統派バニースーツに身を包んでいた。
画面越しにビキニ姿まで見たことがあるけど、やっぱり実物で見ると破壊力が段違いだ。
ほぼ水着と変わらない露出に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
ふと部屋の隅を見ると、制服と下着がきれいに畳まれていて、そこでようやく察した。
「……もしかしてここで着替えたの?」
「は、はいぃ……! さすがに自分の部屋でバニーに着替えて、そのまま外に出るのは痴女みたいで……」
確かにそうなんだけど……いや、そもそも僕の部屋じゃなくて、別のところで着替えればいいじゃないか。
あ、じゃあさっき起きかけた時に聞こえた衣擦れの音って、着替えてた音だったのか。
だからあんなに慌ててたんだ。
彼女は両手の指先を合わせてもじもじしながら言った。
「へへ、へへへ……。すっごくドキドキしましたぁ……。このまま裸見られちゃったらどうなっちゃうんだろうって……」
まあ、僕がびっくりして、芽生が悲鳴を上げて、僕が部屋から飛び出す展開になるんじゃないか。
それ以上は何も起きないだろう。
……たぶん。
「あの、そ、それで……どうですかぁ……? ちゃんと翼さんのフィギュアみたいですかぁ……?」
いや、似合うかどうかじゃなくてフィギュアみたいかって。
そういえば前に、芽生にバニーコスしてくれたら嬉しいかって聞かれたことがあったな。
まさか本当にしてくるとは。
(実物で見るとめちゃヤバいな)
どストライクな容姿の芽生が着てるんだから。
正直、自分でも分かるくらい心臓がバクバクしている。
わざわざ僕のために用意してくれたんだろう。
恥ずかしいからってごまかすより、素直に答えた方がいいだろう。
「フィギュアみたいっていうか、フィギュアよりずっと生きてるっていうか……いや、当たり前か……と、とにかく可愛いよ」
「え、エロさ的にはどうですかぁ……?」
そこまで答えないといけないのか?
「ま、そりゃもちろん……」
素直に答えると決めたとはいえ、つい頭を掻いてしまう。
くっ、これが童貞の限界か。
もっと上手く言いたいのに、全然言葉が出てこない。
それでも芽生は嬉しそうに口元を緩めると、誇らしげに顎をツンと上げてみせた。
「へへ、へへへ……。フィギュアよりエロかわ……!」
なんでフィギュアと張り合ってるんだ……。
「あの、それ高くなかった? 見た感じ結構本格的だけど」
「あ、そのへんは大丈夫ですぅ……! お母さんが翼さんに見せる服ならいくらでも支援するって言ってくれて……!!」
え? なんで?
ただの普通の服だと思ったのか?
それとも別の意味があるのか?
そんなことを考えているうちに、芽生が僕の方へ近づいてきた。
「フィ、フィギュアみたいに扱っても、か、構いませんよぉ……?」
「え? フィ、フィギュアみたいに?」
彼女はこくこくと頷いた。
そして、何かを期待するような目を向けてきた。
僕が普段フィギュアを扱ってるのと同じように、って……。
僕は床に足を下ろして、芽生と向かい合った。
「あの……ちょっと体に触れてもいい?」
「フィ、フィギュアに許可を求める人なんていませんよぉ……?」
「いやそれはそうだけど……」
いったい何なんだこれは。
芽生としては、今まで自分から触れてきたぶん、今度は僕の方から男らしく触れてほしいってことなのかな。
そこまで深い意味じゃない気もするけど。
僕はそっと彼女の腕を持ち上げたり、肩に手を添えて横や後ろを向かせたりしてみた。
「ここはこうなってるんだな」
必死に平静を装ってるけど、まじまじと見れば見るほどただただエロい。
こんなエロい体にこんなエロい格好を掛け合わせたら、エロがエロエロになって頭の中がエロ一色に染まってしまう。
昔は傾国の美女って言葉がいまいちピンとこなかったけど、今なら分かる気がする。
「あ、あのぉ……」
「あ、ごめん。やりすぎた?」
「あ、いえぇ……。逆なんですぅ……」
「逆?」
芽生にしては珍しく、少し頬を膨らませた。
「私今エロかわなフィギュアなんですよねぇ……?」
「う、うん」
「ならもっとあちこち触ったり、ローアングルから視線だけで孕ませそうなくらい舐め回すように眺めたり、なんならぶっかけたりするのが普通じゃないですかぁ……! フィギュアなんですから……!!」
「……」
いったい普段フィギュアに何をしてると思ってるんだ。
僕は普通に眺めてるだけなんだけど。
「そ、それとも恥ずかしいんですかぁ……? だったら私、目つぶってますぅ……! あ、もしかして体より顔にかける方がお好き――」
「いやいや、全然そういうのじゃないから。そういう趣味ないから」
「え……」
なんでがっかりしてるんだ。
たまに思うが、芽生は僕より遥かにオタクの深淵に呑まれているんじゃないだろうか。
とにかくせっかく僕のためにやってくれたんだから、何か彼女を喜ばせないとな。
何かないかと考えて、ふと思いついた。
「今の芽生って言ってみれば……等身大フィギュアってことだよな?」
「は、はいぃ……!」
「等身大フィギュアってめちゃ高いだろ? いつも展示を眺めるだけだったんだけど、そのたびに思ってたことがあるんだ」
「ど、どんなことですかぁ……?」
「ちょっと両腕広げてみて」
芽生はすぐに言われた通りにした。
僕としても正直勇気がいることだ。
よし、もたもたせずに男らしくいこう。
腹を括って、彼女にぎゅっと抱きついた。
「うわぁあっ……!? た、翼さんとハ、ハグ……!?」
「……嫌かな?」
「そ、そんなわけないですぅ……! むしろ、へへ、うへへ……。バニーフィギュアになった甲斐があったっていうかぁ……!」
芽生は僕の胸元へ身を預けるようにすり寄ると、背中にぎゅっと腕を回してきた。
「翼さん、等身大フィギュアとこういうことしたかったんですねぇ……!」
「まあ……」
「気が済むまでしてくださいぃ……!! うへ、うへへ……」
誰だって推しの等身大フィギュアを見たらそう思うんじゃないか。
僕だけかもしれないけど。
同時に思った。
この柔らかさも、温もりも、息遣いも――どんなフィギュアにも再現できないんだろうな、と。
そんな時だった。
「おい、翼、お嬢さん。そろそろ支度しないと遅刻じゃないのか?」
ドアが勢いよく開いた。
いや、なんでこういう時に限ってうちの父さんはタイミングが絶妙なんだ。
それより今の芽生の格好を見られたら、父さんも気まずいし芽生も嫌だろうに。
僕は慌てて芽生を抱きしめたままベッドへ倒れ込み、とっさに自分の体で彼女を覆い隠した。
だが、それが完全な悪手だと気づいた時にはもう遅い。
傍から見れば、僕がベッドの上で芽生を押し倒している体勢だった。
「あ……」
父さんと僕の目がばっちり合った。
「なんだ……さすが俺の息子、いい趣味してるな。今日は学校より大事なことがあるんだから、うん、サボれ!」
「いや、普通に学校行くから!?」
父さんは僕の言い訳も聞かず、さっさとドアを閉めた。
ほどなくして、バタンと玄関のドアが開閉する音が響いた。
僕の下で芽生が顔を真っ赤に染めて言った。
「が、学校行く前にすっきり、ってことですねぇ……? 私、初めてなので少し不安ですけど、が、頑張りますぅ……!」
「……」
フィギュアに初めても何もないだろ。




