5 かけがえの無い人
◇◇◇
「そうだな……君の言う通り、俺はろくでもない人間だ……」
諦めたような目で静かに下を向くケイン。その傷付いた様子に、さすがに言い過ぎたかも、とは思いましたけれど、わたくし、間違ったことは言ってませんわっ!
しんと静まり返る部屋の中。時計の音だけが響きわたる中、最初に口を開いたのはミハエルだった。
「あの、僕たちは不幸じゃありません」
「ミハエル……」
ミハエルを見つめるケイン。
「僕たちは、お父さまのおかげで、今生きてます!だから、僕たちにとっては、最高のお父さまです!」
泣きながら飛び出して行ったミハエルを見て、さすがのわたくしも胸が痛みましたわ。
どんな親でも、親は親なのね……。
そこに、主治医を連れてお父様が戻ってきたので、診察の間わたくしは退出することにしました。
庭を散歩していると、庭の片隅で泣いているミハエルを発見したので、迷いつつ声を掛けてみましたわ。
「ミハエル」
ビクリと背中を震わせるミハエル。しっかりしているようだけれど、多分まだ十歳程度。せっかくお母さまと呼んでくれていたけれど、もう、すっかり嫌われてしまったかもしれませんわね。
「ごめんなさい。あなたの大切なお父さまを侮辱してしまいましたわね」
間違ったことは言っていない。けれど、子どもの前で親の悪口を言うなんて、わたくしこそ最低の人間でしたわ。
「どうか、嫌いに、ならないでください……」
目に涙を一杯に貯めながら、呟くミハエル。
「あなたのこと、嫌いになんてならないわ」
けれどもミハエルは、首を振った。
「お父さまのことを、嫌いにならないで。お父さまは、本当に優しい人だから」
◇◇◇
「アデリーナ、ルミエール公爵はどうだった?」
帰りの馬車の中、お父様の言葉に溜め息で答えるわたくし。
「閣下は難しい方だが、きっと、お前なら幸せにして差し上げられると思うぞ」
「普通逆ではなくて?」
「君の母さまと結婚できたのが、私にとって一番の幸運だ」
母さまは、いわゆるドジっ娘というタイプで、いつも失敗ばかりだけれど、にこにこ笑っていて、怒った顔をみたことがない。
お父様はそんなお母様を誰よりも大切になさっていて、お母様のために色々なものを開発して資産を築きましたわ。
迷子にならないためのコンパスとか、時間になると鳴り響くベルとかね。
お父様にとってお母様の存在がかけがえの無いものであるように、誰かにとってかけがえの無い存在は、確かに存在しますわ。
けれど、ケインにとってわたくしは、そんな存在になりうるかしら。
今のわたくしにとって、ケインは、全く掴めない人ですわ。
「子どもたちにとって、いいお父さまなんでしょうね……」
わたくしの呟きに、お父様はただ、にっこりと微笑むだけだった。




