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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
一章 廃都ユーザヤール
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1-4 陽の射す檻(2)

「先人たちの調査によるとな、この壁は死生匣(テラヴァイス)の場所を中心として、立方体を描くように配置されてんだとさ。上下二つの面が地面とほぼ平行になるように、他の面もおそらく死生匣(テラヴァイス)の向きを変えずに拡大したような形で」

「えっと……」

 モーリェが無意識に眉根を寄せる。シュテルンはそれを見て口をつぐみ、言葉をこね直して説明を再開した。

「ざっくり言うと、俺らはバカでかい箱に閉じ込められてる。目に見えないこいつが箱の外壁だな」

「地面を掘って壁をくぐることは?」

「無理だな、こいつ地中にも上空にも広がってんだよ」

「そう……檻みたいだね」

「水槽じゃないか?」

 檻。水槽。例えかたは違えど、囚われていることには変わりがない。モーリェは曇天を見上げ、遥か遠い空に思いを馳せた。

 先達たちからの情報が確かならば、たとえ種子蟲(グラフタ)によって翼を得て飛び立ったとしても、どこかで壁に阻まれてしまうのだろう。

 大きな手が物思いにふけるモーリェの肩を軽く叩く。少年は我に返り、びくりと身を震わせた。

「……帰りたくなったか?」

「ううん……それは嫌だ。故郷に帰っても殺されるだけだから」

「そっか、やっぱり皆そんな感じなんだなあ」

 シュテルンがしみじみと頷いて、沈黙が訪れた。つい事情をこぼしてしまったモーリェは、詮索をされなかったことに密かに安堵していた。

 先日耳に挟んだ話では、闘人(レイズド)たちは皆『マジでクソみたいな』『帰るぐらいならおとなしく死ぬ』ような地からやってきたらしい。逃げたがらない人材を死生匣(テラヴァイス)が選んでいると言うことなのだろうか。

「まあ何だ、散々言われたかもしれないけど、困ったら何でも聞いてくれよ。俺もそうだけど、みんな久々に仲間が増えて浮かれてるんだ。良かったらもっと喜ばせてやってくれ」

 腕で目をこすってから頷く。

 今の自分を取り巻く者たちは、惜し気もなく好意を示し必要なものを分け与えてくれる。その当たり前の――ものではなかった――状況は、痛いほどに少年の胸に染み込んでいった。

「それじゃあ、あの……ひとつ」

「何だ?」

「お腹がすいてて」

「ああ、大問題だな! 飯にするか!」

 湿っぽい話題を脱するにはうってつけだったのだろう。シュテルンは屈託のない笑顔を見せて、「そうと決まれば」と呟き来た道を戻りだした。

 そしてとある廃墟に目を付け、側に生えている木を伝って屋上へと飛び移った。二階建てらしいその建物は、植物に埋もれながらもしっかりと外殻を保っている。

 モーリェはその行為の意味がわからず、ただ黙って先輩の行いを見上げていた。少し待っていると、シュテルンが縁からひょこりと顔を出した。

「せっかくだし眺めのいいとこで食おう」

 何がせっかくなのか理解しかねたが、断る理由もなかった。少年は二つ返事で了承すると、先輩の後を追うべく木の枝に手をかける。……が、彼のように簡単にとはいかない。

 その様子を見兼ねてか、シュテルンは屋上から飛び降りると、もたもたと木登りを試みている(がろくに進めていない)モーリェをひょいと持ち上げた。

「え、ちょっ」

「しっかり捕まってろよっ」

 彼は第三・第四の腕で少年の体を横抱きにすると、異形ではないほうの腕で木の枝を掴み、身をしならせて軽々と木を登ってしまった。廃墟の屋上に飛び移るまで、一瞬の出来事だった。

 コンクリートの床は汚れこそしているが崩れてはいない。シュテルンは主の帰りを待っていた斧槍の隣に座り、腕に引っ掛けていた荷物袋を開いた。

 取り出された真空パック食品を、隣に座ったモーリェが興味深そうに見つめる。

 先日振る舞われてはいたものの、彼にとってまだ見慣れぬものであることには変わりがなかった。紙のように薄く柔らかく、それでいて瓶や缶のように密閉保存ができる容器は、見慣れぬ魔法のような品である。

「粥なら食えるんだよな?」

「たぶん」

「よかった、少し開けるからそっから啜ってくれ。あと水がこっちな」

「うん……ありがとう」

「今度レトルトじゃない真っ当なメシも作るからさ。それまでに腹を慣らしといてくれよ」

 次々と世話を焼かれながら食べる昼食は、なんだかむず痒く、美味しい。温めずに食べることを考慮されているのか、豆粥らしきものは塩がやや強く利いていた。

 眼下の景色を見渡すことで気づいたことがある。死した街だと思っていたが、高所から見下ろすとそうでもないことがわかった。小さな獣が草むらを縫って歩くさまや、驚くほど大きな蛙が水路に潜んでいる様子が伺える。街の地下に潜んでいるという凶悪な敵対生物のことばかりを考えていたが、生き物はそれ以外にもいるのだ。

 シュテルンがわざわざこの場所を薦めた理由がわかったように思えた。眺望によって食事に華を添えるという発想は、モーリェのこれまでの人生で培われなかったもので、新鮮な感覚だった。

「あ! すごい速いトカゲの……」

 少年は幼子のように目を輝かせて先輩に語りかけ――彼の食事光景を見て、硬直した。こういった体の造りであると聞いてはいたものの、いざ間近で見るとかなりの衝撃を与えられる。

 上の右手は何かの干物を手にしていた。彼が噛んでいるのはその一部だろう。

 そして上の左手で袖のない上着をめくりあげている。問題はその下、本来ならへそや腹筋の形が見えるであろう場所に、普通の人間なら――いや獣にだって――あるはずのないものが存在していた。

 拳を二つ三つ突っ込めそうなほどの大きな口が存在している。唇がなく、鋭い牙をいびつに備えたそれは、下の両手が用意する食事を次々と咀嚼していた。

 ビスケットのようなもの、何かの粉末、粘土のようにしか見えない物体……尖った爪で封を切っては流れ作業のように放り込んでいる。

「ええと、あの……その……固まった泥みたいなやつ、美味しいの」

「これか? 無限飯と戦えるぐらいクソ不味いぞ、豆から味抜いた残りカスっぽい味がする。でも纏めて買っちまったせいで在庫がまだあるから、捨てるか俺が食うかしかなくってさ」

 爽やかに答える様子が、ある不安を掻き立てた。彼は後ほど料理を作ってやると言っていたはずだ。そんな不味いものを平気で食べられる者に真っ当な味付けができるのだろうか。

「平気……なの……?」

「こっちの口は味音痴だからいいんだよ。生肉だろうがそこらへんの草だろうがなんでも食える」

「じゃあ、元々の口は」

「真っ当な味覚のはずだ。干しイカ美味いぞ」

 今はただ誇らしげに答えるシュテルンを信じる他なかった。

 数日後、今までに食べたこともないような美味しさの料理を頬張りながら、彼の言葉に偽りがなかったことを実感したのだった

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