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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
二章 観察迷宮オギアム
27/31

2-7 奪還作戦(2)

 丸二日ぶりに対峙した年かさの仲間たちは、例の大部屋の中央に座り込んでいた。巨殲獣(ヘヴ・ホイル)の宿主だった機械の残骸を背に、大きく足を開いて。

 正気を失った二つの頭は、顔を血まみれにしながら何かを貪っていた。野生動物も獣型の殲獣(ホイル)もいないこの空間で、死生匣(テラヴァイス)を介さずに手に入れられる食料――その正体に気づいたモーリェは、全身から血の気が引く思いをしながらもどうにか踏みとどまり、役目を果たすべく声を張り上げた。

「来い! ぼくはここだ!!」

 自動扉が閉まらぬようガイドレールを踏みしめながら、入口から大部屋を覗き、討伐対象であり救出対象でもある存在を睨みつける。それらは来訪者の存在に気づくと、手にしていた肉塊を放り捨てて立ち上がった。

 眼前に横たわっていた死骸をまたぎ、モーリェのいる方向へじりじりと向かってくる。切り刻まれ、内臓を抉りだされた死体は、青く長い髪を血で汚していた。

「ウ、ア、アア゛……ヴ……」

「ひと……なか……にく……ぅ、にぐ、にく」

 イゾラが唸り、シエロはうわ言を口走る。捕捉されたことを確信したモーリェは、彼らの正気を失い血走った眼を見据えながら、一歩、また一歩と後退していった。不用意に視線を逸らせば、その瞬間に首を飛ばされてしまいそうに思える。

 標的が走り出したのは、自動扉が閉まりだした瞬間。少年は踵を返し駆けてゆく。扉は開け放たれていた。

「ヴアアアァアァアアア゛ア゛ア゛――ッ!!」

 背に咆哮を受けながら、力の限り走り抜ける。少年とは逆方向に向かっていった小さな生物たちが、三対の脚で勢いよく跳ね、一体を屠られながらもイゾラの顔面へと飛びついた。

 それは皮膚に爪を食いこませてへばりつくが、異形の手で切り刻まれてしまう。しかし犠牲も想定の内であり、モーリェが逃げおおせる時間を稼ぐことができた。使い潰すべく産み落とされた仔蜘蛛たちはまだまだいる。

 モーリェは所定の経路を辿りながら逃げていった。現時点では作戦の通りにことが進んでいる。三度目の曲がり角を抜けると、数多くの仔蜘蛛を従えたジンリンが待っていた。

「順調です。次へ移動を」

「わかった」

 頷いて、標的が到着する前にまた走る。多くの仔蜘蛛を一度に動かすのは相当骨が折れるらしく、ジンリンは普段よりも生気に欠ける顔をしていた。

 数匹の仔蜘蛛を残しつつ更に先へ。念入りに罠を潰していたため、道を阻むものはなかった。

 イゾラとシエロだったものは闘人(レイズド)を追うが、完全に見失うと巣に帰ろうとしてしまう。そこでモーリェが顔を出して注意を引き、予定の経路へと誘いこんでいった。

 追い付かれそうになった際の時間稼ぎは仔蜘蛛が行ってくれる。戦力とは言いがたいモーリェがこの役を割り振られたのは、殺された際の損失が少ないゆえ。と彼は認識していた。

 誘導はジンリンだけでも可能ではあるが、負担が多い。その一部を肩代わりしつつ、いざという時にはジンリンの盾となる存在が必要だった。

「ここ! ここだよ!!」

 曲がり角から呼びかけ、二つの頭がこちらを向いたことを見届けてからまた走る。ターゲットはいびつな身体を揺らし、見た目からは想像がつかないような速さで突進してきた。仔蜘蛛が攻撃を阻害してくれなければすぐ八つ裂きにされていただろう。

「っ、はぁっ、はぁっ……」

「あと少しです、頑張って……っ」

 息を弾ませながら誘導する先は、モーリェたちが元来た方向。彼らは自分たちの拠点へと標的を呼びこもうとしていた。

 死生匣(テラヴァイス)の前で死闘を繰り広げようという心積もりはないが、利用したい機能がある。

「これが最後!」

 ジンリンが苦しげな顔で告げ、残り二体となった仔蜘蛛を配置する。目標地点まであとわずか、足止めはぎりぎり足りそうだ。ささやかな安堵を感じながら、モーリェはラストスパートをかける。が、

「ヴヴォ゛アアアア゛ア゛ア゛――ッッ!!」

 イゾラはいっそう荒々しい声で吼えたかと思うと、壁を蹴って跳び、押し潰すように二体の仔蜘蛛を屠った。そしてすぐさま立ち上がり襲い掛かってきたのだった。

「そ――」

 そんな、という嘆きが喉に詰まる。モーリェは最後の力を振り絞り、力の限り駆けた。ゴールまではまっすぐな廊下を残すのみとなっていた。

 背後に歪んだ(けだもの)の殺気を感じる。近づいてくる足音に、背を刺す殺意に心臓を握られながら、飛び込むように大きく跳んで床に身を叩きつけた。巨殲獣(ヘヴ・ホイル)の剣が首をかすめた瞬間のことだった。

 イゾラが振りかぶった刃が少年の首を刎ねることはなかった。それを振り下した途端に硬質な何かにぶつかり、弾き飛ばされてしまったのだ。

「ガ、ア、アア゛ア゛ア゛!!」

 絶叫には苦痛らしき色が滲んでいた。人型の巨殲獣(ヘヴ・ホイル)となった二人は、不可視の壁に激突し、動きを止めたのだった。

 彼の背後で扉がぴしゃりと閉まる。モーリェはその音に気づかれぬよう、あらかじめ調査しておいた不可視の壁ぎりぎりの場所に立ち相手を煽った。

「ぼくはここだ! 殺してみろ!!」

「あ、う……モ、にく、ひとつに、にく」

「アア゛……ア゛ア゛ア゛、ヴウウウウゥゥッッ」

 不可視の壁は、死生匣(テラヴァイス)が有している『安全地帯を作り出す』機能によるものだった。

 闘人(レイズド)たちの出入りを許しながら、殲獣(ホイル)は断固として通さない防壁。知能の低下によりその事情も忘れてしまったのか、二人は唸りながら壁への攻撃を続けた。

 閉ざされた扉の向こうでは、今まで脇道に隠れていたシュテルンが、ありったけの土や砂利の袋を積んで退路を封じているはずだ。重たいものを落とす音が断続的に空気を震わせている。

 巨殲獣(ヘヴ・ホイル)はしばし不可視の壁を殴り続けていたが、やがてぴたりと動きを止め、元来た道へ向き直った。触手に備えた眼球でなおもモーリェを凝視しながら。

「帰る気だ、巣に!」

「そうでしょうね。あとは私が」

 ジンリンが八本の脚で床を鳴らし歩み出る。わずかな休息時間で呼吸を整えた彼は、愛用の生きた剣を手にしていた。

 勝てる。そう信じることができた。万全の状態ならいざ知らず、理性を失いいびつな身体を抱えたイゾラ相手に引けを取るはずがない。凛とした横顔が、モーリェの目にしかと焼き付いた。

「さあ! 遊びましょうか!!」

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