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絶命のユーフォリア  作者: 柏木むし子
二章 観察迷宮オギアム
19/31

2-3 蟠り(1)

 新たな地で襲い掛かってきた殲獣(ホイル)は、モーリェが見たことのない姿をしたものばかりだった。

 今までも未知との遭遇が続いてはいたが、今回の敵は一線を画している。それらが自らの肉体でもって襲い掛かってくることはないのだ。

 モーリェはハンマーを振りかぶり、宙に浮かんでいた敵に突き立てた。曲がり角での出会いがしらの襲撃に、二つの機械を無理やりにくっつけたような殲獣(ホイル)は、針状の弾を連射して応える。

 しかし攻撃は誰もいない空間を虚しく通り過ぎた。センサーを失ったそれを地に墜とすのはたやすい。

 墜落した機械をなおも殴りつけると、割れた外装からスライム状の何かが漏れ出した。ひと固まりになり逃げおおせようとするそれに、ジンリンが油をふりかけ火をつける。機械を操っていた風変わりな殲獣(ホイル)は、すぐに燃えて消え失せた。

 もたもたしていては火災と見なされ、壁面に内蔵された装置に消火剤を浴びせられてしまう。以前の失敗を繰り返さぬよう、素早く残り火を踏みつけてもみ消した。何らかの薬品を炙ったような、独特のにおいだけがその場に残された。

「やっぱり臭い……」

 モーリェが不満をこぼす。それは散々口にしてなお言い足りないものだった。

「私は慣れてきまし……あっダメですねやっぱり臭い」

 隣に並んだジンリンも、後輩と同様に顔をしかめた。

 厄介な作業ではあるが、これを行わずして施設を攻略することはできないだろうという確信があった。先ほどの小さなスライム状の殲獣(ホイル)は、この施設に多く放置されている機械に入り込んで闘人(レイズド)を狙うようなのだ。逃がしてしまえばそれはどこかでまた新たな体を得て襲い掛かってくることとなる。

 再生蟲(フレシュ)を身に宿すものがいないことも含め、異色の殲獣(ホイル)であった。

「印、つけちゃってもいいかな」

「お願いしますね」

 新たなエリアに到達した証として、棒状の顔料で壁に印をつけた。ジンリンはすかさずそれを手描きの地図に書き足してゆく。道に迷いやすいつくりをしているダンジョンであるため、マッピングは急務であった。

 この施設が備えているのは殺風景な部屋と通路ばかり。そのどれもが金属で作られ、白く塗装されている。

 今までモーリェが見たものと比べると、不気味なほど静かで清潔な空間だった。生物が生息しているにおいがしない、それだけでこんなにも違うものなのかと驚く。

 曲がり角がある旨を記してから、慎重な探索を再開する。殲獣(ホイル)のいなくなった通路を、ジンリンが連れてきた仔蜘蛛の一体がじぐざぐに進んでいった。羽根を毟られた鳥のような生物は、二対の足でトコトコと歩みながら、時折目一杯の力で飛び跳ねて頭上の罠の有無を確かめてくれる。

「突き当りまでは何もなさそう……ですね」

 確実に安全であるとは言い切れない。仔蜘蛛による罠の探知が十全でないことは、仲間が肩に矢を受ける経験をもって理解していた。

 二人は壁と床と天井を注意深く観察しながら、そうっと通路を進んでゆく。モーリェの靴音、そしてジンリンの爪が奏でる小刻みな足音が、静かな空間にかつかつと響いた。

 そう、いやに静かなのだ。以前はもっと会話が弾んでいた組み合わせであるにも関わらず、いかんともしがたい空気に阻まれて、事務的な会話以外をできないでいる。

 理由は何となくわかっていた。ここのところのモーリェが、イゾラの後を追い回しすぎたせいではないか……と。

 スープの類を口に運ぶ役、寝る前に体の刃に鎖を巻く役、それらを進んでやるようになってからというもの、時折ジンリンのどこか寂しそうな視線を感じるようになった。

 しまった、とは思ったものの、それでも勢いで得た世話焼きの仕事を手放せないでいる。

 そんな余計な思考を挟んでしまったせいか、注意力に欠けが生じた。カモフラージュのためのテープを破り、壁から力強く飛び出した巨大な丸鋸の刃が、モーリェの顔面へと迫ったのだった。

 咄嗟の後退ができず、背筋に寒気が走った瞬間、肩を強く引かれていた。倒れ込んだ体を受け止められながら、勢いよく回転する丸鋸が鼻先すれすれを通るのをただ見ていた。

 一命をとりとめたことに気づいた瞬間、心臓がぐんと早く脈打ちだした。

「あ……ありがとう」

「礼には及びませんよ、ただ、もう少し気を付けて」

 ジンリンはそう淡々と告げ、罠の無効化に取り掛かる。

 腰に提げていた赤黒い剣のようなもの――曰く、仔蜘蛛を組み合わせて作った『生きた武器』らしい――を掲げて罠を再作動させ、薄い丸鋸を側面から叩き捻じ曲げた。大きく歪んだ丸鋸は潜んでいた隙間に戻れなくなり、何かが空回りする異音をたてた末に動きを止めた。

「……すごい」

「ふふ、伊達にナンバー2を名乗ってるわけじゃないんですよ」

 得意げな様子で、壁に仕込まれた同型のトラップを次々と破壊してゆく。

 中性的な顔立ちと物腰の穏やかさからしばしば忘れそうになるが、彼もかなりの腕力を持っているということを思い出した。身の細さの割に高出力なその体は、筋肉以外にも何か不思議な力が作用しているのかもしれない。

「ジンさんは強いね。イゾラさんの側にいるのに、ぴったり」

 モーリェはそんな言葉を何気なく告げてから、あっ、と小さく呻いた。仕事中に拗ねたような口を利いてしまったかもしれないと。私情を挟むのは安全地帯に帰り着いてからでもよかったはずだ。

 すべての丸鋸を処理したジンリンは、仔蜘蛛を再度跳ね回らせて通路全体の安全を確認しながら、いつもよりやや低い声で後輩の言葉に応えた。

「それを言うならモーくんだって。新入りがすぐなついてくれた、ってとても喜んでたんですよ」

「イゾラさんが?」

「ええ」

 頷くジンリンを前にして、モーリェはわずかに顔を綻ばせた。自然に笑うことを不得手とする彼にとっては、珍しいほどの表情の変化だった。

「……モーくんは本当に素直ないい子ですね」

 少年を讃える言葉はいつも通り柔らかく、優しい。しかしその口ぶりに反して、ジンリンの目は笑っていなかった。

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