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第三話  「で、具体的には何したんだ?」


 現段階ではまだ可能性論に過ぎないが、森嶋弘輝は希望的観測で将来はスポーツ選手として大成するだろうといわれていた。その彼が運動部のあまり盛んでない京泉高校に転校してきたのには勿論理由がある。彼としては完全にとはいえないにしても、ほぼ道を絶たれた形となるのだから当然ともいえた。

 彼がもう既に大学やプロが注目しているような成果を残しているのなら違っていたのかもしれない。しかし、それが未来時制にある仮定の話である限り、余程の状況の変化がなければ彼が今後世間から注目を浴びることはないだろう。そして、それら一切、彼が抱える問題の難点が森嶋弘輝個人の努力とは無縁にあるということについて、彼はひどく不満を抱いていた。

 アスリートに限らず、物事を成功させるために不可欠な要素が二つある。陳腐といえようが、それは決して覆ることのない絶対条件、才能と時間である。一般に人は前者について注目しやすい。それは当然であるともいえるが、それだけでは要件を満たしているとはいえず、それを開花させるための時間、これを努力と言い換えてもいいかもしれないが、ともかくそれも必要であるだろう。そして、森嶋弘輝の場合、その後者の時間が決定的に足りないと思っていた。



 岡崎家。森嶋弘輝は新しい隣人について考えを巡らせてみる。それはひとつの奇跡であったといえよう。母と共にアパートを経営する親戚を頼って越してきた先に、自分とほぼ同じ境遇にある家族が住んでいる確率は如何ほどであろうか?

ましてや、加害者は彼が信じるのと同じ藤本恭治。このことを知って、現状を変えるためのある考えが彼の頭に浮かんだのであった。それは、別になんら特別なことではない。むしろ、ひどく抽象的なものであったといえる。

・・・つまり、是非とも隣人の家族を利用できないものだろうかという具体性の欠片もない思惑であった。

 しかし、それとは別件ではあるが、クラスに速やかに溶け込むためには如何にするべきだろうかという問題は転校生にとっとはなかなか重要だったりする。数多の方法があると思われるが、その一つとして、そのクラスの中心的人物と仲良くなるということが挙げられる。弘輝自身はこれが始めての転校であったが、別に経験がなくともこの程度の処世術は心得ていた。

そして、その中心人物とは大抵の場合、もっとも悪そうなやつか、もっとも顔のよいやつである。このクラスの中には、特に存在感のある不良は見当たらなかったため、後者を選ぶというのも、自然な選択かもしれない。もっとも、先にも言ったように、それは岡崎智広に近づこうとした副因でしかないわけであるが。

 しかし、この状況を鑑みるに、それは己の判断ミスであったのだろうか。

「・・・わりぃなぁ、転校生。あれ?森嶋君だっけ?いやでもさぁ、マジ忠告しておくけど、岡崎と仲良くするのはやめとき?」

「そうそう、窪田の言うとおりだぜ?いや、あいつマジであれ。あれだから。やくざの事務所に出入りしてるっつう噂もあるしよ」

「そ、近づこうとしないのがベスト!」

 時は、始業式の翌日の昼休みである。森嶋弘輝は、見知らぬ学生数人に呼び出されて、人気のない廊下にいた。一応友好的な雰囲気を演出しようとする彼らなりの努力は見受けられたから、何かされるって訳でもないだろう。しかし、弘輝を囲むように立っている頭の悪そうな4人を見るかぎり、どうやら、彼のクラスにはいなかっただけのようである。この学校自体には不良グループっていうものがきちんと存在しているらしい。

 ただ、やはり危険を感じるような存在感はない。外見も言動も酷く頭が悪そうであった。

「へー・・・それホント?やっば、全然分かんなかったな。怖いもんだな」

「だろ?だから、気をつけとけって」

 黄木とかいうリーダー格の男が喋ると、ほかの者達がそれに追随をする。高校に限らず、社会にごくありふれた一般的な風景ではある。

「いやいや、わざわざ有り難うな。まだ、ここのことよく分かんないから助かった」

 今、考えなしに波風立ててもしかないと考えたのか、彼は適当に話を合わせるように応じる。それは警告は受け取ったというポーズであり、それは相手達にも伝わったようだ。

「・・・それじゃ、流石に初っ端から授業フケる訳にいかないから、そろそろ教室戻るよ」

「おう、なんかあったら言えよ。仲良くしようぜ」

「そうそう、助けてやっから」

 例えば、彼が岡崎関係で実際にやくざに襲われたとしよう。そのときにこの学生たちは見て見ぬ振りをせずに助けてくれるのだろうか。そもそも、わざわざ呼び出しての陰口なのだ。彼らが岡崎に対して何か個人的な怨嗟があるとこは明白であったといえる。

そんな表面を誤魔化せる脳さえない彼らに森嶋弘輝は侮蔑にも似た感情を覚えた。その後、弘輝は礼を言って自分の教室へ向かったが、彼の方はそんな内心を無事誤魔化すことに成功したようである。



 しかし、実際のところどうなのであろうかとも弘輝は思う。岡崎智広があいつらのグループから忌み嫌われているということは明白である。しかも、昨日の今日でいきなり弘輝に絡んでくることを考えるとそれも尋常ではないレベルで嫌悪されていることだろう。普通ならば、このような悪目立ちするグループに目を着けられたのならば、彼はクラスで孤立していくはずである。他人は誰も自己に面倒ごとを及ぶのを嫌がるものだ。学校のような狭いコミュニティにいるのならば尚更ともいえる。

しかし、見た様子ではそれはあり得ない。となると、あいつらが情けないのか、岡崎が特殊なのか。おそらく、両方なんだろうなと弘輝は思う。それは、彼にとってますます興味深いことであった。

 それにしても、黄木達がさっそく絡んできたのは、昨日弘輝が岡崎と接触したことを知ったことが原因で間違いないだろう。

 昨日の始業式のあと、弘輝は智広と一緒に帰宅した。彼らの通う京泉高校から弘輝のアパートまで徒歩25分の近さである。途中までは、渡辺啓介と松本絵里も一緒だったが、彼らは異なる町に住んでいるため、電車を利用する必要があり、既に分かれている。

「・・・それで、恋愛相談って、愛のことかな?」

「ん?・・・あぁ、そうそう、彼女って智広の妹だよな?昨日挨拶させて貰った時に凄くいい子だと思ったんだ。まだ会ったばかりで恐縮だけど、彼女のことをいろいろ教えてくれないか」

 その名前のせいか、一瞬、反応が遅れてしまったことを軽く悔いながら、弘輝は準備していた言葉で答えた。とっさにしても、つく嘘があるべきだよなと、少し後悔をしていることはもちろん表面には出さない。

 ちなみに、弘輝は既に啓介と絵里も含め、下の名前で呼ぶことの了承を得ていた。基本的に下の名前で呼ぶことで、より親近感が増す。最もそれを嫌う人間も存在するが、それに該当するような人は彼らの間にいなかった。

「あぁ、自慢の妹だよ。森嶋君がどこまで知っているかわからないけど、僕らの一つ下で、もうすぐ僕達の高校に入学する予定。あと、知る限りでは交際相手はいないみたいだから大丈夫かなと思う。趣味は・・・。まぁ、家事全般が特技といえるかな?」

「引越しの挨拶のときに、高校1年生だってことは聞いたけど、そうか、今付き合っている人はいないんだ。・・・ありがとう。」

「いえいえ、どういたしまして。森嶋君のような誠実そうな人だったら、僕も安心はできるよ。でも、心苦しいけど、これ以上僕が手伝えることはほとんどないと思う。勿論、できる限りは協力したいけど、こればっかりは当事者同士の問題であると思うからね・・・」

「いや、問題ない。こういうものに対して人を頼るのも格好悪いし。それよりも、せっかくの隣人でクラスメイトだ。智広にも仲良くしてもらえると嬉しい」

 岡崎愛が彼氏もちではないことについては、少々以外ではあったが、信頼をまず勝ち取らなければならない彼とってそれは好都合であるといえる。もっとも、何処まで深入りしてよいかという判断はこの時点で彼自身もできていなかった。

 しかし、本当は恋愛感情なんて持たない愛を、話題づくりのために利用したことに関し、森嶋弘輝に特に罪悪感はなかった。

 人が社会で生きるためには、このような小さな嘘を積み上げていかなければいけない。それによってのみ、自己というものが形成されると彼は信じていたのである。そして、嘘で塗り固めることによって自分の像を作り上げているのは、何も彼だけではないと思っている。だが、嘘を繰り返していることについて、それを意識している人は案外少ないのではないかと思う。

 人は誰も自分は善良で正直であると信じてしまうものである。そういう意味では、弘輝は自分で自分が特殊だと言うことを認識している。そして、彼はこう考えるのと同時に直感もしていた。

「それは、もちろん。こちらからお願いしたいくらいだよ。これから妹、そしてもう一人弟もいるけど、家族ともどもよろしくね」

 そう言って、手を差し出してきた智広も自分と同じタイプの人間であることを。



 登校二日目の帰り道、すこし、迷った挙句様子を見せながら、弘輝は聞いてみた。

「なぁ、智広ってなんかF組の黄木達のグループに睨まれてるのか?」

「あー、その話ね?有名、有名。ともっち、話しちゃっていい?」

 質問に答えたのは岡崎本人ではなく、一緒に歩いていた松本絵里である。特別に可愛さという点では、学内でも一、二番と評判の彼女であるが、非常に気さくな性格で、姉御肌でもある。当然、男女を問わずその人気は非常に高かかった。そのため、彼氏格と目されている渡辺啓介は、クラスメイトのやっかみなどといったその恵まれた境遇に見合う苦労を普段から強いられていた。

「・・・あんまり人に聞かせられるような話じゃないけどね」

 岡崎智広はすこし複雑そうな顔でいいよと許可を与える。

「私とともっちって去年も同じクラスだったんだよね。啓介は違ったけど、あいつらも一緒のクラスだったの」

 そんな感じに話し始めた松本の話によると、黄木たちはグループを形成して、集団で他の生徒に対していじめに近いことをずっと行っていたらしい。特に体の弱かった一人の生徒が重点的に狙われていたという。

「で、ある日ある場所、黄木が、えっと、そうね、乙女が口にしてはいけないようなこと言ったんだよね。それで、我らがともっちこと岡崎君が断固許さんと―」

「いや、違うだろ?あれは、たしか仲沢が・・・えっと?」

 話たがりのくせに、要領を得ない絵里の言葉に、啓介が訂正を加えようとしたが、やはり後が続かなかった。これによって弘輝は頭が悪い子だなという失礼な感想を持つにいたる。

「なーに?あんただって、覚えてないじゃん?なのに、えっらそーに」

「うっせー!・・・トモ、なんだっけ?」

 そこで、困った彼はその張本人に話を振る。そんな、キラーパスに対して、半ばあきれながらも智広が仕方ないといった様に続けた。

「もしそれを言われたのが俺だったら、耐えられない。とっくに自殺しているところだ・・・そんな感じの言葉だったよ」

「あ、思い出した。そうそう、それで近くにいたお前が仲沢に向かって、『それって、暗に黄木が言ったことは酷すぎて、あり得ないことだと思っているってことか?ってことで、あんたら実は仲悪い?』って聞いたんだよな。まぁ、すっげぇ挑発だったな」

「うーん、僕としては素直な疑問のつもりだったけどね。そう思われてもしょうがないかな?・・・でも、額面通り受け取れば、そういうことになるんじゃないかなと思うんだけど」

 あと、僕はそんな言葉づかいをしていない、と啓介に対して智広は文句を言った。どうも、智広の周りには、彼の言葉を悪く言い直したい人が多いと、彼は日頃不満を抱いていた。もっとも、智広を知る人から言わせれば、彼の慇懃無礼な言葉は、下手な悪口雑言よりもかえって強い悪意を与えるということらしい。

「なるほど、それで、睨まれてるのか。・・・だけど、それって平気か?」

「あ、それは大丈夫、大丈夫。だって、ともっち、すっごい黒いから。もう墨で塗りたくったぐらい。実際、あんな奴じゃどうこうできないから」

「・・・それ、ひどいよね?絶対、ひどいよね?」

 松本絵里の言葉に、智広が傷ついたよというようにおどけて見せる。

「でも、絵里ちゃんの言うとおり、実際大丈夫だと思うよ。彼らだって何か決心があって苛めをしているわけではないから」

 苛めの本質について、世間は強く関心を示しているにもかかわらず、あまりにもそれを誤解しているといえる。ドラマなどで多くあるような深い憎悪によるいじめというものは実際にはほとんど存在しない。現在社会の学校のような希薄な人間関係においてはそこまで深い感情が発生するようなこと事態があまりないのである。

 その多くが、ただ暇つぶしや娯楽の一環としてやっているだけであるのだ。そして、それは、自己保身という計算に基づいて行われている。つまり、誰もが殴り返されるという覚悟の元に行動していない。ゆえに、苛めをする側に、この行為は身を滅ぼすぞということを知らしめれば事は解決する。

「・・・で、具体的には何したんだ?」

 彼の言葉を聞いて、森嶋は興味深そうに聞いてみた。

「黄木グループ全員をその唸る拳で沈めちゃったんだよね?」

「トモの手下のヤッサンが、あいつ等ん家を取り囲んだって聞いたぞ?」

「・・・いや、それ嘘だから。しかも、それ流したのって啓介と絵里ちゃんでしょ?」

 まるで予想していたかのようなタイミングで、智広は一斉に声を上げる渡辺啓介と松本絵里に対して突っ込んだ。もっとも、実はその虚構はかなりの程度において真実に近いものでもあり、それに関しては当事者以外知る由もない。

「そんな、大それたことがあるわけないよ。ただ、先生にお願いしただけ。一般にチクったって言うのかな?彼らはああ見えていて実は結構真面目なんだ。退学って言う言葉を一端に気にしていたから」

「・・・それだけで?」

 森嶋は少し腑に落ちないようであった。無理もない。教師に頼って簡単に解決するものなら、そもそも社会問題とはならないだろう。

「まぁ、こいつ天才児だからな。この前の全国模試でトーダイがA判定だぜ?しかも順位が二桁。学校内でも特別扱いなのも当然さ。トモが教師に集中して勉強できないですーって言えば、あいつら血相変えて対処に乗り出すぜ?」

「へぇー、智広ってそんなに頭いいのか?」

「・・・やめてほしいな。そんな、たかが成績の良し悪しで頭云々っていうのは・・・。そんなもの勉強をすれば誰だってできるようになるよ。第一、1年生のころの判定なんて、まったく意味をなさないって」

 智広が少し照れたように謙遜すると、絵里から悲鳴があがった。

「え〜、そういうもんなの!?私、行きたいとこのB判とって喜んでたのに・・・」

「いや、絵里程度が何言ってんだか・・・」

 そう絵里を馬鹿にする啓介は啓介で、結構成績がよかったりもする。

「それ・・・激しくむかつく。なにか・・・そこはかとなく殺意を覚えるわ・・・」

 そして、絵里はぶつぶつと、ともっちならともかく、啓介ごときになどと呟いていた。

その様子はさながら年齢制限付きホラー映画の様相を呈している。そんな彼女とそれに怯えて智広の後ろに隠れている風を装っている啓介を、弘輝は面白そうに観察している。

ぶっちゃけた話、まるで、ラブコメディ映画の登場人物みたいなステレオタイプなカップルだと思ったのだ。

「あっ、もうこんなとこね。それっじゃ、私たちこっちだから。ともっち、今年もテスト前はお願いするわ。弘輝君も、また明日ね!ほら、啓介、アンタ覚悟しなさいよ」

「は、はいっ!?そ、それじゃ、また明日な・・・って服がのびるから引っ張るな―」

 やはり、漫才を繰り広げている啓介と絵里に対して、智広と弘輝も挨拶を返して彼らと別れた。そして、そのまま、岡崎達の住むアパートを目指して歩いていく。そして、途中の交差点で、突然智広は立ち止まった。

「そういえば、もしよかったら、親睦もかねて今夜僕の家で夕飯を食べていかない?森島君達の歓迎会も兼ねて。妹が作るものだから味の保障はできないが、良かったらお母さんも誘ったらどうだろうか?」

「あ、あぁ。それは有難とう。まぁ、母さんはともかく、俺は今のところはまだ暇だから是非参加させてもらうよ。・・・ところで、行かないのか?」

「うん、これからアルバイトがあるんだ。時間もないし、直接行こうかなと思っていて」

「バイト?」

 一緒に立ち止まっていた森嶋がその言葉に反応する

「俺もちょうど探していたんだが、そこは今ほかに求人を出してないか?」

「あー、ごめん。僕も社長さんと個人的な関係で働かせてもらっているに過ぎないから。ちょっと、なんとも言いようがないね。あと、ちょっと仕事が特殊だし」

「特殊な仕事って?・・・あっ、悪い時間ないんだったよな?」

「いや、まだ大丈夫だから気にしないでいいよ。それじゃあ、また夜にね」

「ああ、楽しみにしてる」

 そう挨拶を交わしてから、岡崎智広は歩いていった。それを遠めに見ながら、弘輝はある違和感を覚えていた。自分が智広にやたら接触するのはそれなりの理由がある。しかし、例えクラスメイトで隣人だからといって、まだ知って間もない人間の歓迎会なんて計画するものだろうか。

 まぁ、いずれにしろ向こうが有効的に接してくれるのならば問題はないはずである。非常に切れる人間みたいであるし、ある程度仲良くなってから話を切り出そう。森嶋弘輝はそう考えたのだった。






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