07 魔術師は奮起し披露する、この地に甦る魔法の炎を
きっと、ワタシは火を宿して生まれた。
だから、ワタシは火を放って死ぬだろう。
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「で、あんたらは俺にどうしろってんだ」
神院の祭務室ってやつは、どうにもカビ臭くっていけねえ。
しかもだ。名門騎士と腹黒司祭が雁首そろえてやがるんだから、きな臭えったらありゃしねえ。軍と院との癒着なんざ、まずもってろくなもんじゃねえんだ。
「これは徴用ではなく仕官要請だ。そう構えてくれるな」
「まったくです。組合から追放されているとはいえ、オデッセン殿、あなたは魔術師だ。その見識と魔力とを活かしていただきたいだけのこと」
「うむ。まさに」
「錬金術と火魔法、それら二種類の仕事をお任せしたいのですよ」
要は従軍魔術師になれってことか。薬と火を扱う雑用係に。めんどくせえ。
「具体的には、ひとつに民への薬草採取と魔物解体の指導、および製薬と調剤を。もうひとつに民の魔法適正の検査、および火役要員確保と火役訓練を。役職としては開拓司魔になりますね」
「俸給は百金だ。副官を一人つける。護衛としては一個分隊十卒を当てる」
「待て待て待て、待ってくれ、頼むから!」
冗談じゃない。尋常じゃない。
開拓司魔? 部下つきの? はあ? こちとら金貨なんざ見たこともねえっつうの。つか、それよりなにより。
襲撃があったばっかじゃねえか。
昨日の今日だぞ。大勢が殺されて、俺も死にかけて、まだひと息もつけてねえっての。行動早えよ。いや、ま、迅速なのはいいんだ。救助とか炊き出しとか凄え助かったし。女子供にゃ毛布も行き渡ったし。
だが、いくらなんでも早すぎだ。思い切りも良すぎだぜ。剣呑だろ。こりゃもう陰謀の類だろうがよ。
「どうしました、魔術師殿。火の神秘を知る者が、震えて」
嫌な言い方を。腹黒司祭め。謀主はてめえか。
「……確かに俺は魔術師だ。ちったあモノを知ってるし、色々とできるっちゃできるだろうさ」
「期待している。よし、副官と分隊長を呼び出して―――」
「ちょ、待て! 待ってって! 俺の話も聞いてくれ!」
強引すぎんだろ、こいつら。くそが。
「何で俺を使う。仕事をさせようと考える。俺は破門されたんだぞ。教授連と喧嘩したどころの話じゃねえ。ぶっちゃけると犯罪者だ。死霊魔術師呼ばわりまでされた身だ。おいそれと公に出ていい身分じゃねえんだよ」
だから、開拓地に追いやられた。人が人並みに暮らせる場所じゃ、魔術師組合が影響力持ってるからな。追放が遠回しな死刑だったってのは、昨日知ったが。
どうせてめえらも、どっちかなんだろ?
疎まれて殺される側か、疎んで殺す側か……どっちにしたって、馬鹿なんだよ。身から出た錆でくたばる奴ばらだ。くだらねえ。
「ほほう、死霊魔術とはまたおどろおどろしいですね。あれですか。聖典に記されているような、不死の怪物でも扱えるので?」
「んなわけあるか。疑いをかけられただけだ……人の死体を実験に使ったからな」
言ってやった。言ってやったぞ。斬るなら斬れ、権力者どもめ。
錬金術はなあ、気づかせてくれんだよ。人間には本来、生まれついての貴賤なんざねえって。切り開きゃ誰も彼も肉袋で、煎じ詰めりゃ何もかも物質だ物質。
錬金術の素材としちゃすこぶる優秀さ、人間は。魔物よりもな。
「これはこれは、随分と冒涜的で、神をも畏れぬ告白ですねえ」
「阿呆め。神の奇跡を仰ぐ者ってのは、そんな程度にしか神を解せねえのさ」
「……ならばご教授願いましょうか。人体を刻むなり茹でるなりして、何を見出しましたか。弱々しい火しか操れない、哀れ憐れな人間の魔術師殿は」
「力だよ」
目を見張ったな、二人とも。そりゃつまり、てめえらが力を欲しているっつうことだ。てめえらの企みにゃ暴力が伴うってこったぜ。
いいさ、教えてやるとも。知って後悔しろ。そんで魔術師組合に殺されろ。
「ただの力じゃねえぞ。恐らくは、神が、人間の体にだけ混ぜ込んだ力だ。他の生物でも、まあそれなりには採れるし、別の方法でも代用品は手に入るが……人体由来のやつにゃ遠く及ばねえ」
「ほう……察するに、素材ですか」
「そうだ。火塩、と名付けたが」
火塩。白く、粒が荒く、少々臭う。
人体ひとつにつき、おおむね、肺腑と同等の重さが精製できる。
「わかりませんね……それがどうして力なのです? 余程に強い薬になると?」
「触媒が魔法を強めるってのは、知ってんだろ?」
「勿論です。私たち神官における聖印、あなたたち魔術師における杖ですね」
「そりゃ魔力の焦点器だ。集中しやすくしてるだけさ。俺が言ってるのは、消耗品の方なんだよ」
書棚の埃を寄せ集めて、取る。手の中で魔力を馴染ませて、そら。びびったか。一瞬だがでけえ火だったろうが。
「今のは≪放火≫。燃えやすいもんを触媒にして火力を増した魔法だ。他に、木炭や油を使うやつもある。昔は盛んに研究されてたらしいが、今じゃ禁術の扱いだ」
「……聞いたことがある」
名門騎士か。ご立派な家紋をつけてる以上は、まあ、伝えられてっかもな。
「現在の国境線が定められた際、魔術師組合がエルフから特定分野の研究放棄を強いられたという。軍が弓矢と水堀を禁じられたようにして」
「屈辱と諦観のバルトリアル条約ですか。なるほどなるほど。つまりは軍縮の一環として破棄させられた力なのですね」
「燃焼魔法ってんだ。憶えとけ」
そして狙われろ。知った以上は、もう共犯者だかんな。
「その魔法は、ヴァンパイアとエルフに対抗できますか?」
「……火塩を使うやつなら、うまくすりゃ、たぶん」
「言い淀みますね。あ、そうか、あなたの技術不足か魔力不足で自信がないと」
「ちっげえよバカヤロウ。今日日、俺以上に燃焼魔法を実践してるやつがいるもんかよ。理論上はやれんだ。理論上は。けどよ……」
手を、見る。
しわがれて、震えが止まんなくて、子供の頭を撫でるにも気を使わなきゃなんねえオンボロだ。寒い日にゃ痛むし、雨降りゃうずくし、骨も脆くなっちまったが。
「……あと一歩が、届かねえんだ」
拳を握る力だって、こんなにも弱っちい。
「嗤えよ風呂屋。てめえの言う通りさ。人間の限界なんだか俺の未熟なんだか知らねえが、現状、奴らの魔法と同じ威力は出せてねえ」
「……今までのところは、ですね?」
「あ? そりゃまあ……だが理論は動かねえんだ。これからだって」
「いいえ。今は、もう、違っているかもしれません!」
うお、何だこいつ、チビデブのくせに素早い! 腕をつかむな引っ張るな! うわあ、走んのも速えぞこいつ! 気持ち悪い!
「痛ったたた! 痛えって、おいコラ!」
外へ出て、どこへ……何だよ薪割り場? 何か燃せってか?
「あ、手品のおじさん」
「おう、シラか。どした、こんなとこで」
ちっちぇえくせに、痛ましいぜ。鞘無しの剣を麻袋で包んで、肌身離さず抱えて……親父さんの遺剣だと思い込んでんだろうな。んなわきゃねえのに。
「ん」
「ああ、そいつか」
シラが指差す先には、黒髪のクロイ。大人でも子どもでもねえ、何を考えているかまるでわからねえ、命の恩人。
「……また、奇怪なことしてんなあ」
薪割り用の斧を、フンフンと上下に素振りしながら。並行に置いた三本の薪を、シュタシュタと反復して横跳び。意味わかんねえ。
「さあ! やってみましょうか!」
「う、嘘だろ、あれをやれってのか……何の拷問だ……」
「違いますよ、なにを言っているのやら。クロイ様の邪魔にならないよう、ささ、もう少し離れましょう」
クロイへの様づけ。何だかな。そりゃ凄え戦士だったわけだが、どうもそういう扱いじゃねえんだよな。腹黒司祭といい名門騎士といい。
「さあさあ! 特別な魔法を放つのです! 盛大に!」
「いや、ねえから。火塩、あるわけねえだろが」
「んもう! なんという用意の悪さですか!」
「いやいやいや、どうして持ってるって思うんだ……」
「ならば、これではどうだ」
気色悪い司祭に代わり、絵物語の王子様じみた騎士が渡してきたもの。木炭か。
「剣も魔法も、技術には違いない。ならば奥義でなくともいいはずだ。手応えを確かめられるものであれば、それで」
ふん、言ってることは間違っちゃねえな。何を感じ取るかは俺次第だが。
木炭を……人間の悲哀を押し固めたみてえに黒くごわついたやつを、握る。魔力を流しこんでいく。そして呼ぶ。火を。人間にだけ扱える、魔法の火を。
ん? これは……この熱さは何だ? この、俺を勢いづかせるような、熱は?
い、いいのかな……このまま魔法にしちまって、大丈夫なのか?
うお、視線。誰だ。クロイか。いや、クロイか? クロイだけか? この気配は……この、大なる熱と巨なる圧は……!
「うおおおおおっ!!」
炎を、放った。人一人を軽く呑み込んじまうような火炎を。
やべえ。名づけるなら≪猛炎≫ってとこか。やべえな。異常極まりねえ。
「素晴らしいですね……これはもう」
「うむ。部隊単位の運用を目指すべきだ」
権力者どもが、何か不吉なこと言ってんな。嫌な予感しかしねえな。そうとわかってんだが頭働かねえや。魔力の消耗かねえ。
で、クロイ、お前のそりゃ何だ?
俺を中心にして、シュタシュタぴょこぴょこと……不気味すぎんだけど?




