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43 商人は見渡し祈願する、最終戦争の果ての世界を

 祈りは神に通ずる。

 ワタシを通して、神は世界へ応えてくれる。



◆◆◆



 祭務室を狭苦しくして、ここの幹部が揃い踏みだね。


 開拓軍尉代行アギアス・ウィロウ、開拓司祭フェリポ、開拓司魔オデッセン、北地兵長……なんたらパイン、騎兵将校オリジス・ウィロウとマリウス・ウィロウ、新地兵長ザッカウ、そして開拓主計のあたし。


 この顔ぶれで、明るい話が始まるはずもない。


 肥満の方のおしゃべりが真顔で、包帯の方のおしゃべりが笑顔なら、尚更よね。きっととんでもないことが説明される。あたしたちの死力が試されるような。


「来るべき時が来た」


 ウィロウ軍尉代行の声が重々しく聞こえるわ。腹をくくれと言われたみたい。


「ヴァンパイアが、人間とエルフに対して宣戦を布告した。これは最終戦争宣言とのことだ。ローランギア神帝国の名において、大陸制覇と異神追放を目的とする軍事行動が開始される……いや、既に開始されている」


 広げられた大陸地図。勢力圏で色分けされたもの。東西に広い白黒と、南端のちっぽけな赤。あたしら人間の現実を思い知らされるかのようだねえ。


「西方の村落が多数襲われ、占拠された。それぞれ小規模部隊による襲撃だが、集まればそれなり以上の規模になる。そのまま砦へと攻め上がる気配もあるようだ。時を同じくして、エルフ領へ向けての大規模侵攻も開始された模様だ」


 赤の西端に黒い小駒が置かれ、赤より北、白黒の接する線の中央には黒の大駒と……白の大駒も置かれるのねえ。やっぱり。


「エルフ領侵攻軍は『艶雷』が指揮するものらしい。布告文の中ではそう言及されていた。これに対し、エルフ側もまた少なくとも一葉の使徒を当てるだろう。『絶界』か『水底』かは定かではないが、『万鐘』ではないようだ」


 そう言うや、白の大駒をひとつ、赤の北端に置く。それがあのお嬢ちゃんか。


「竜帥はここを動かない。そう明言された。当地で『黄金』を討ったことが影響していると思われる……以上で現状の説明を終わる」


 唾を飲んだのは誰かしら。気をつけたからあたしではないはずよ。


 戦争……ね。


 これまでとはまるで違う規模の、大陸全土を巻き込む形の戦争だわ。


 わかっていたことよ。魔物を倒し、エルフにおもねらず、ヴァンパイアに抗したのだから。神を祀り、使徒を奉り、『黄金』を討ったのだから。死なず滅びす、生きて栄えようとしているのだから、こうなることは必然でしかない。


 それでも震えは来るのね。どうしようもなく、怖いものは怖い。


 軍略なんて知らないあたしには、どこがどう優勢で、どのような展開が起こりうるのかを推察することはできないけれど……ひとつだけ、わかることがあるもの。


 人間は、もう、追い詰まっている。


 はなっから、逃げ場がない。


 一応、赤の中にも前線と後方があるわね。東西北の開拓地とその周辺は砦以北と呼ばれる危険地帯で、王都のある砦以南は安全の確保された領域……そう認識されている。狭隘きょうあいな土地にしがみつくようにして、たっときと貧しきが暮らしている。


 でも、こんなものは気休め。ヴァンパイアがそのつもりになったのなら、砦はすぐにも突破される。いえ、陥落して形も残らないのかもしれないわ。


 それが現実。人間を取り巻く、非情の現実。


「ひとつ、補足説明します」


 フェリポ司祭が言葉を継いだ。きっと、楽観的な何事も語られやしないわ。


「従来、ヴァンパイアからの発表は、使徒三骸いずれかの名において為されてきました。かのバルトリアル条約ですらです。エルフがエウロゴンド共和国の名を用いたのに対して、ヴァンパイアは筆頭使徒『黄金』の名をもって締結したのです」


 博識だこと……いえ、目的もなく知り得る話じゃないわね。神学校やら神院やらで学ぶことでもなし、この男はいつの頃から戦争を企図していたのやら。


「それが今回、ローランギア神帝国の名を出してきました。由々しきことです。なぜならば、そのようなことは建国時にしか前例がないからです。聖典に記述されるところのヴァンパイア勃興ぼっこう戦……その時以来なのですよ」


 歴史の話かしら。いえ、おとぎ話かしらね。


 およそ三百年前、満月の夜に、ヴァンパイアは突如としてこの世に立ち現れた。魔神に導かれて雷鳴のインセクターを滅ぼし、更にはエルフ・ドワーフ戦争に介入して、一躍大陸最強の種族へと成り上がった……なんて。ふふ。


 でも、それは、今を生きるあたしたちと無関係じゃないわ。


 この開拓地から始まった大事業は、それこそ、おとぎ話じみているんだから。


「最終戦争という言葉は文字通りのものとして受け止めるべきでしょう。つまりは国を挙げての全面攻勢がありうるということです。即ち……」


 ゆっくりと何かが裂けていくように、笑みの形。


「……回天の好機、到来ですよ」


 言うと思った。


 なんたらパイン軍官が弾けるように笑って、うるさいわね。そう思うあたしやオデッセン司魔は苦笑い。ウィロウ軍尉代行とマリウス騎将は微笑んでいて、オリジス騎将とザッカウ兵長は不敵な笑み。


「全力のぶつかり合い、まさに望むところ! もとより我々に出し惜しみできるほどの戦力はありません。兵站も弱々しいゆえに持久力などなく、時間をかけたとて国内を糾合する目途も立ちません……人間は既にして滅亡の淵にあるのですから」


 そうね……人間はとっくの昔に限界を越えてしまった。砦以北は大地が荒れ果てているけれど、砦以南は人心が腐り果てている。


 親が子の肉を売り、子が親の骨を売る……何度経験しても、銭を渡す手が震えたもんさ。ヴァンパイアへと骨肉を手渡す際も同じ。震えて、震えて、涙も出ない。そんな路地裏から見上げるお屋敷では、王侯貴族が華燭の宴を催すんだからねえ。


 悪夢さ。この世界は人間にとっちゃ悪夢さね。弱さから片隅に追いやられて、惨めさに塗れて、酒色を至上の文化のごとく扱うなんざ……反吐が出る。


 ゆっくりと着実になんていう甘い道理は、もう通じやしないのさ。


「ヴァンパイアが全力を尽くすのならば、当然、エルフもまた全力を尽くすでしょう。それで初めて生じる隙……千載一遇であろうそれへ、乾坤一擲の決戦を仕掛けるのです。基盤弱体にして身体短命な我々が採りうる方法は、これあるのみ」


 ふふ。なんて無茶な話をしているのかねえ。どうにかこうにかここまで生きてきた大人が、それぞれ持ち前の笑顔でさ。


 ああ……ここにいない誰かさんの顔が思い浮かぶねえ。黒髪のあの子の横顔が。


「具体的には、まず、防御と遊撃だ」


 ウィロウ軍尉代行が新たに置いた駒は、赤く小さな二つ。


「ここ北方開拓地には、オリジスの二千騎と司祭殿の二千卒、そして司魔殿の魔法部隊一千を配して主力軍とする。指揮は司祭殿だ。ここを防衛することを主目的とし、状況に応じて周囲へ兵を出せ」


 ふうん……エルフとの交渉を考えればフェリポ司祭は動かせないとして……脇を固めるのが、直情径行の二人とはねえ。


「黄土新地にはマリウスの二千騎と兵長の二千卒を派遣して副軍とする。指揮は軍官殿だ。現地の防衛に当たると共に、状況に応じて行動せよ」


 ああ、なるほど……そういうこと。


 冷徹なものね。ウィロウ軍尉代行は黄土新地を死守するつもりがない。場合によっては撤退して兵力を温存する……騎兵だけでもここへ引き揚げさせる気だ。それを完遂できる人物を配した。思えば直情径行の二人は情に流されやすくもある。


 ザッカウ兵長もそれはわかっているようね。それでいて強く頷く。そう……それが正しいわ。隙を窺うための時間は万金に値して、決戦のための兵力もまた同等。


 犠牲必至。あたしたちは、そういう戦争に挑もうとしている。


「私は、一千騎を率いて遊撃に出る。西へ向かうつもりだ」


 ふ、ふふ……その顔。その眼光。見惚れるばかりだね。


 アギアス・ウィロウ。


 誰よりも危険な役割に、自らと最精鋭一千騎とをぶつけるんだね。なるほど、確かに出し惜しみなしだ。覚悟と自負がまばゆいよ。最前線へ出て戦い、是が非でも生き残って、そして決戦の指揮を執る気なんだから……凄い男もいたもんさね。


「最後にもうひとつ。我々は使徒の動向に気をつけなければなりません」


 フェリポ司祭が、手に白黒の大駒をお手玉して……できずに落とすくらいなら、やらなきゃいいんだ。変なところで馬鹿だねえ。


「おほん。ヴァンパイアの『崩山』はどこへ出てくるのか。そしてエルフの『絶界』と『水底』はどう配されるのか。使徒の配置が判明してからが本当の戦いとなりますから……それまでは、ま、無理禁物ということでよろしくお願いします」


 そんな風におどけてから、赤い大駒を手に取るのね。


「かくて人事を尽くさんとするこの上は……」


 たったひとつきりの、それ。


 希望の象徴である、それ。


「我々は啓示を授からんと欲して……」


 その大駒は……地図から外れたところへ、うやうやしく置かれた。


「……神の一手や、いかに」


 挑むような、祈るような、その声。


 誰からともなく目が閉じられていく。あたしもそうして、祈る。


 あたしたちの切なる願いが……人間が誇らしく在れる未来が……いつか、叶うといい。そのための勝利があればいい。そのための敗北は、支払わなければならない犠牲は、少ないといい。その分、幸せな日々を暮らせる者が多いといい。


 子供が生まれてきてよかったと笑える世界に、なれ。


 そんな子供を親が見守れる、素晴らしい世界に、なれ。


「デ、アレカシ」


 口々に唱えて、今、あたしたちの最終戦争が始まった。

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