17 騎士は決断し突撃する、吸血の暴虐たる軍勢へ
生きることは、戦うことだ。
戦って、戦って、戦って……果てるまで、ワタシは。
◆◆◆
ウィロウ家の男だ、私は。
一流の騎士たるべく戦技武芸を修め、一流の将校たるべく軍学戦術を学んだ。練り上げてきたのだ。戦場に臨んではいかなる迷いもない。たとえ死地であれ。
だから、きっと武者震いの類なのだろう。この胸のざわめきは。
先のクロイの戦い……物凄まじき剣舞槍踊。
群がるヴァンパイアをば、斬って突いて斬って突いて、全身を朱に染めてもなお斬り突き尽くした。人外の怪力も、凶悪な鈍器も、何もかも物ともせずに。
武器は、なるほど特別な魔法によるものだろう。
だが、あの剣術と槍術は? 機敏な体術は? 戦い続ける気力と体力は? あれら全てが神の恩寵によるものか? 与えられた力のみで戦っていたか?
否。全ては修練の集積があってこそ。
私も剣技の冴えを体感したから、わかる。神の加護とは算術でいうところの乗法なのだ。加法ではない。人事を尽くさぬ者に祝福はない。
そうだ。私は見知っていたではないか。クロイの奇妙なる振る舞いを。日々の重労働の合間にこなされていた様々を。周囲に奇異の目で見られても、決して怠らず繰り返されていた……クロイが言うところの「準備」を。
どうして、私はそれに倣わなかった。
どうして、従来の訓練だけで納得し、この戦場にいるのだ。
鐘の音が鳴る。打ち鳴らされる。先の楽曲とはまるで異なるその音。切迫感。物見台より叫ばれる言葉は、北。
北の方角より敵襲……いた。あれか。
屋根の上を走る者ども。人間の営みを踏みつけて、夜の生き物たちが来る。ヴァンパイア。怪物的な筋力と敏捷力とを備えた、人間の天敵。数は百ほど。その戦力と食欲を思えば、開拓地の全滅を免れないであろう悪夢の光景だが。
三階建てのエルフ宿舎より、鷹。とても大きな。
音もなく羽ばたくこともなくヴァンパイアの群れへと飛翔していくあれは、生物ではない。魔法だ。無数の羽で拵えられた、重さのない模型のごときもの。
弾けた。
飛び散るあれらは、ひとつひとつが羽であり、小剣の類か。
刺されたヴァンパイアが二十骨、三十骨と転げ落ちていく。それほどの威力には見えない。時間差もある。恐らくは毒。いかにヴァンパイアが頑健だとて、生物であるからには毒が効く。倒れ、のた打ち回っている。
一撃で半数近くを行動不能たらしめるとは……竜侍官、凄まじいばかり。
しかし、多勢に無勢だ。
飛行したはいいが牽制にしかなっていない。防戦一方だ。エルフは使徒の直援に十葉しか残さなかった。眷属獣もヴァンパイアが相手では健闘するのが精々だ。
つまりは、ここだ。
この状況こそが、我らの働きどころなのだ。
「全軍、騎乗!」
陰より出でて、馬上へ。エルフ宿舎へ直線でつながる大通りに三百二十八騎で馬列を整える。物見や伝令は負傷兵に無理をさせ、ここに結集した総戦力だ。
「これよりヴァンパイアを討つ! エルフの援護ではあるが、決して、エルフに従ってのことではない! 心せよ! 今夕、この突撃をもって! 我らは人間の戦いを始めるのだ!」
そう、これは回天のために踏み出す第一歩だ。クロイに任せきるのではなく、我らが自らの身命を懸けて行動する、最初の軍事作戦である。
フェリポ司祭に言わせれば「恩に着せる最高の好機」で、オデッセン殿に言わせれば「横っ面への鉄拳見舞い」だ。想定しうる最高の一手で、何名倒れるとも知れない決死の一撃でもある。
「構え!」
命じて私も槍を握る。半数が槍、半数が長柄だ。各騎、それぞれの得物を煌めかせていく。暮れなずむ空の色を受けて、刃金と甲冑とが、赤く燃えている。
手が震える……神の加護を、感じる。兜の面覆いを引き下げて。
「吶喊!」
吠え、馳せた。
先頭だ。生きた矢のごとくに騎馬槍の突撃だ。標的は道に転がるヴァンパイア。毒にもだえるそれらを狙う。弱ったところを狙う、当然のこと。とどめを刺さんと欲して不意をつく。疾走の勢いを槍先へ乗せて。
貫いた。
そのまま持ち上げる。手甲越しにも飛び散るものが熱い。人間のそれよりも濃い色の血。人間を飲食する強者の、命の零れもの。地へと払い捨てる。
隣を駆けていた一騎が、いない。転倒したか。さればもう生きてはいまい。
腕力による抵抗で馬をも転げさせる……それがヴァンパイアなのだから。
別の一騎、速度が落ちた。脚甲をつかまれたようだ。浅黒の腕。ヴァンパイアがひきずられつつも爪を立てている。敵ながら見事な戦意だが。
槍を捨て、剣を抜く。
寄せて一閃、肘を切断した。
剣を構え直す間もなく、そのヴァンパイアの首が飛び、転がり、馬蹄に踏み砕かれていく。誰ぞが追撃の刃を振るったようだ。それでいい。ヴァンパイアを相手に連携は欠かせない。
北門の近くにまで駆け抜けた。かかる急襲をもってしても六騎を失ったか。素早い反応もまたヴァンパイアの特性。まさに天性の戦士。
で、あればこそ。強大な敵であるからこそ。
騎士は、それを討たねばならないのだ。
「三波の陣!」
騎馬の陣形は駆け行く形をもって成るもの。市街戦などもとより不向き。かくなる上は、いかにして突撃隊形を工夫するかに尽きる。
「一の波、行け!」
長柄を握る者らを中心にした百騎が、通りを塞ぐようにして駆けて行く。
向かう先からはヴァンパイアが来る。地を蹴り、屋根を跳び、獰猛に群がり寄せて来る。その数、十数骨。多い。一骨で数十人分に匹敵する怪物たち。
「二の波、行け!」
槍を主体とした百騎が行く。第一波がかき乱した戦場へ……傷つけも傷つけられもして、仲間が新たに十騎以上も倒れる場へ、勢いよくぶつかって行く。刺し貫き、駆け去った、そこのところへ。
「三の波、続けえ!」
行く。馬上、右方へと身をかがめ、剣の狙いを定めて。
風。兜の鉄格子を通して、頬を削ぐような、戦の風。砂塵に混じる血臭。ヴァンパイア、天敵め。槍握る腕をもぎ取り、流れ出るものを口腔へ流し込む、その暴虐の生き様に用があるぞ。
手綱を離し、両の手で握りしめて、斬った。命の手応え。顔を両断した。血塗れの牙が宙を舞う。朱の空には既にして星も見える。
この殺め合う夕闇に、剣を握り直て、命ずる。
「各々! 斬り払え!」
三の波は殿軍でもある。速度を緩めてヴァンパイアへと応じ、戦うのだ。
「ヒトめ、猪口才な! 逃がすものかよ!」
金棒を手に一骨来た。唸りを上げる一撃を、馬の動きで回避する。すぐにももう一撃来る。避けられないそれへ、刺突。金棒が肩を打った。肩当ての滑らかさでいなしたとて、鉄板の変形する異音と、肩の骨がきしむ感触。体勢も崩れたが。
「ぬおっ!? ゆ、指がっ」
しかし、右手の指を二本ほど頂戴したぞ。もう金棒を振れまい。
「おのれがあっ!」
跳ぶか、ヴァンパイア。牙を剥き出しにして、獣のような声を上げて。馬上から見上げるほどの高さにまで。鱗鎧を身にまとう兵装で。
その重量は、しかし、私に利するぞ。
喉を刺し貫いた。
「おごっ、うるるごおおおっ!」
鍔元にまで首が迫る。名も知らぬ雄の顔。聞き知らぬ呪詛の唸り。見開かれた黄色い瞳に、黒血に汚れた私の兜が映っている。
手首を返して薙ぐ。薙いで首斬り地へ落とす。脇腹に衝撃。その僅かな間にも拳打を放ったものか。歯を食いしばる。込み上げるものを堪える。鉄板の下に帆布の綿入れを着込んでいてなお、こうも威力が通る。半ば断首したというのに。
轟音。隣の一騎が爆ぜた。打撃を受けて、甲冑の隙間から色々を飛び散らした。
「はっはあ! いい香りだことお!」
ヴァンパイアの大男。振りきった金槌が、次の獲物を求めて私へ。受け止めようもない暴力だ。避けるよりない。避け続けるしか。
「鎧着たって! やわ肉ちゃんなんだから! お前らはさあ!」
かすめるだけで命を削がれそうな、剛撃につぐ剛撃を、避けに避けながら。
仲間たちの討ち死ぬ音を聞く。いまや速度を失った各騎が、一騎また一騎と落とされていく。殺されていく。
「死んじゃえって! ほらあ!」
悪夢だな。さばききれない暴威はまるで天災だ。しかもそれは、人間を翻弄して楽しみ、飲み食いもするのだから。
背後からも敵。指先に凶悪な爪をそろえて。あれは装甲を貫くな。どう受ければ致命傷を免れられる。身をひねったところで……おう、棹立ちだと。なぜ。まさかお前、私を庇ったのか。馬腹に爪。破けて、中身が。
「なんだよ、俺の獲物だぞ」
「家畜相手にてこずるな、馬鹿が」
「手向かった肉だ。苦しめようとして当然だろ?」
地へ落ちて、迫る影を目の前にすれども、我が四肢はまだ動く。いよいよ吐いてはしまったから、兜を脱ぎ捨てて、立つ。
「あ? 何だその目え……」
切っ先を向けて、笑みもしようか。
「ヒトならヒトらしく、怖がれってんだよお!」
「む、待て、また馬が!」
さあ、戻り来い。騎馬の波よ。地をどよめかせて。
「軍尉殿! お手を!」
「無用! 駆け抜けよ!」
馬群に怯んだ爪使いを斬り上げ、返す刃で斬り下げた。我誉めしたくなるような剣速。明らかに私一人の力にあらず。神よ。
更に踏み込む。一槍を受けた金槌使いの、隙だらけの首元へ諸手突き。貫通。
すぐにも引き抜いて、倒れ苦しむヴァンパイアの、首を刎ねた。