11 魔術師は詠唱し確信する、人間の戦いの行く末を
人間だ、ワタシは。
だから抗い、戦い、打ち倒す。人間らしく在るために。
◆◆◆
「やりやがったな、てめえら……!」
三人だ。三人も殺された。勇気ある兵士が、見事な男が、三人も。無残に。
「やれやれ、また小汚いのが出てきたぞ」
「変な臭いもする。やはりヒトは小さいのに限るな」
「雌がいいぞ、雌が。喰いつきが違う」
耳長が三葉に、銀豹が六匹か。ふざけた話だぜ。こちとらが百人がかりでも勝てねえ戦力じゃねえか。三人きりじゃ、なぶり殺しもいいところだったろうが。
任せろ。後は、このオデッセンさんが引き受けた。
お前らが護り切った子供らは、絶対、助ける。死なせるもんかよ。
「のけ、汚物」
手に短矢。風使いか。ならば逆巻く空気に乗せてやる。拳の内に木炭。魔力を浸み込ませ、握りしめて……おら、喰らいやがれ!
「うおああああっ!?」
届いた! 《猛炎》! 焼いてやったぞ!
「火、火だと!?」
「魔法か、今のは!」
「てて手が、手があ! 水、水ぅっ!」
くそ、腕一本か。風の流れが予想より強かった。延焼は望めねえ。水魔法で消されちまう。畳み掛けねえと。
「ヒト風情が! よくも!」
「燃えちまえ! 葉っぱ!」
とっておきだ! 瓶入り油を振り撒いて、魔法、《焼薙》!
「おおおおおおっ!!」
叫んだのは俺か? それとも向こうか?
畜生! 駄目か! 炎を散らされた! だがまあ、御の字か。風と水、二葉分の魔法が相手じゃあ。すぐ次。急げ。もう一発。《猛炎》を……うおっ、やべえっ、銀豹が……!
「ひぇいっ!?」
変な声が出ちまった。
おい、なんか既視感あんだろ。これ。
地面に突き立ったのは、槍か。銀豹を垂直に貫いて……おいおい、石突きの上に片足立ちとか曲芸かよ。そんで、黒髪を払うや、その手にいつの間にかの手斧と長剣だ。それも手品みてえだよな。魔法にしたって特殊すぎんだよ。
クロイ。
奇妙なことばかりする、やたらに強え、小娘。
お前さんが何を考えてんのやら、俺にゃ見当もつかなかったんだが……ようやくわかったぜ。感じるんだ、魔力を。熱い、激しい、眩しいやつを。
怒ってんだな、お前さんは。
赫怒、烈火のごとしってか。
「き、貴様、何ということを!」
「野の豚め! 死ねえっ!」
おお、凄え凄え。風を斬り裂いて、水を打ち払って、お前さんの刃は敵へ届く。それも魔法か? ひと振りのたびに熱気が届くぜ。
お前さんにかかっちゃ、エルフも形無しか。ま、当然だわな。火力ってもんが違えや。ようは燃料が桁違いなんだ。この気配。この圧力。お前さんはとんでもねえもんを抱えてる。きっと一人分じゃねえんだろうよ。
あ、そうか……なるほどなあ。
そういうところに、神さんが、宿ってんのかもなあ。
「双方そこまで!!」
あ? 何だ、あいつは。身なりからして耳長の士官だが。
「私はエウロゴンド共和国軍竜侍官、フレリュウである。同胞よ、魔力を静めよ。ヒトよ、武器を収めよ。この場の争いはサチケル竜帥殿下がお預かりになられる」
竜侍官ときたか。そんで、竜帥殿下ときたもんだ。なんとまあ。
魔物の群れが可愛く思い出されるぜ。正真正銘の化け物が来てんだからな。終わってんじゃん。勝てる勝てないの問題じゃねえ。これ、もう、人間が滅ぶかどうかの話なんじゃねえか? どうすんだ、おい、神さんよ。
「竜侍官! いいところに! あれを、あいつを退治してくれ!」
「聞いていなかったのか? 私は争いをやめるよう宣言した」
「何を馬鹿な! 見てくれ、この腕を! それに……おい、おい起きろ、しっかりしろ! うわあ、死んでる! 死んでるう!」
「二名戦死、一名負傷、六匹死亡か……ひどいものだ」
「おのれええええっ! 劣等種族うぅううああああっ!!」
風か。荒れ狂う魔法の風。規模がでかいが……ま、大丈夫だろ。ほらやっぱり。
「痴れ者め」
おっかねえ奴だな、竜侍官ってのは。抜き手も見せない早業ってか。腕焦げの耳長はぶっ倒れて……首筋に一枚の尾羽が突き立ってやがる。
「聞け。此度の仕儀は竜帥殿下のご意思によるものにあらず。我が軍の補給にまつわる事故である。ゆえに軍の被った損害についてはいかなる沙汰もない」
事故。沙汰。上から下へとやかましく鳴り響く文言だぜ。
「伝えておく。殿下はいたく御心を痛めておられる。ヒトの子が傷ついたのではないかとも仰られた。そこで、私の独断でこれを持参した。使うがいい」
竹編みの小物入れ……薬篭か。まさかエルフの妙薬かよ。
え、おいクロイ、これはお前さんが受け取る流れなんじゃねえの? ええい、俺が受け取っとくよ。貰えるもんは貰っとくんだ。薬にゃ善悪信条もねえからな。
「……最後に、これは私見だが」
あ、こいつ。コンニャロウ。
「エルフを焼く火魔法とは、驚異的だ。ヒトへの認識を改めるに足る」
この雌耳長め、体表に高圧の風をまとってやがる。ここまで近づきゃそれとわかるぜ。これじゃ生半な火は通らねえ。クソが。
「だが、それ以上に……」
目。クロイを見据える、その目。なんつう鋭さ。まるで猛禽類だ。
「……脅威、と言わざるをえない」
おっかねえ、今にも襲いかかりそうじゃねえか。さすがに争い止めたやつが争うなんてことは……しねえよな?
クロイも警戒してんな。無手で背を向けてはいても、微動だにしねえ。
「何者だ、貴様」
やべえな……やりあうとして、俺じゃクロイの足手まといだ。隙をついて子供らを避難させるっきゃねえぞ。六人とも、ちゃんといるな?
「クロイ様ですよ、竜侍官殿」
やっと来たかよ腹黒司祭バカヤロウてめえ。ゼエゼエハアハアうっせえっての息整えろ。耳長どもとの舌使ったあれこれはてめえの仕事だろうがよ。
「遅えぞ、おい」
「折衝が難航していました。ウィロウ卿に後を任せてきましたが」
「三人殺られちまった」
「……ラキアル、アポロス、ロクトンの三名が殉職。忘れません」
そうか。そういう名前の男たちだったのか。俺も忘れねえぞ。
「クロイ? それは名か。私が聞きたいのは……」
「人間ですよ」
おう、行け。腹黒司祭。言っちまえ。
「人間ですとも。他の誰よりも高らかに明らかに。そして我々の先頭に立つ御人ですよ。我々人間がこの大地に暮らし栄えていくことの象徴であり、偉大なる存在の加護を賜り生きていることの証明ですよ」
ははっ、お前もか。お前の腹の中も煮えくり返ってるってわけか。そらそうだ。なまじっか話が通じると、こう、余計にむかつくんだよな。
「彼女こそ人間なのですよ。我々一人一人が、生まれながらにして多くの権利を有していると……親に愛され、自らを誇り、子を愛する資格があるのだと……人間らしく在っていいのだと、教えてくれているのですよ。彼女は。クロイ様は」
いい笑顔だぜ、腹黒司祭。目から炎を吹き出しそうだ。
竜侍官は……けっ、当惑顔かよ。思いもよらない言動に出くわしましたってか。野っ原の原住種族が何を言うのやらって面だろ。畜生め。
「竜侍官殿におかれましてはご安心を。謝罪と賠償の要求などいたしませんとも。子を襲われ、それを護り傷つく……なんと誇らしき栄誉。敵を打ち倒し、仇を討つ……なんと晴れがましき本懐。どちらも人間の美しき矜持にございますれば」
舌戦完勝、といったところか。立場の差もあるだろうが。
とはいえ、敵もさるもの、さすがは竜侍官か。黙って死体から葉飾りを回収していく。耳長どもにとっちゃ首級並みに大事なやつだからな。撤収も早え。
さて、と。
あっちの始末はあっちでやってもらうとして……クロイ?
殺された三人を見つめて、立ち尽くして、どうしたってんだ。この魔力。この雰囲気。何を思って、何を感じ取ってるんだ?
これは……この幻は……!
三人が、立ち上がっただと!?
いや、死体はそのままだ。霧のような、透き通った、それでも三人だとわかる幻影が……クロイに、クロイの背後に、巨大な何かにひざまづいて……そして溶けていく。吸い込まれていく。クロイへと。クロイに宿る何かへと。
クロイ、お前さんまさか……いや、間違いなく……武器だけじゃなくて……!!
「おお……デ・アレカシ……」
唇に触れる。俺じゃねえ。腹黒司祭か、今の、祈りの言葉は。
デ・アレカシ。神院で最初に教わる、真の言の葉。直訳すりゃ「そのようであってほしい」という、ただのそれだけ。神官が高らかに謳い上げる喜びを、この世界を肯定するあれやこれやを、心の底から望み願って唱和する……希望の表明。
デ・アレカシ。ああ、まさにデ・アレカシだ。
神秘文字で表すところの『DX』だ。
俺は、俺たち人間は、きっと勝つだろう。俺のごときは途中のどっかで死ぬだろうし、腹黒司祭や名門騎士だってくたばるだろうが、何の憂いも問題もねえ。俺たちは勝利の瞬間まで戦える。どんな形であれ、戦い続けられるんだ。
今、そうと知った。
なら、いつか勝つだろ。人間はよ。