好きは突然に 2
そのまま公園に連れられて、半ば無理やりベンチに座らされた。
子供をあやすかのように背中をポンポンと撫でて黙って隣にいてくれたのである。
「そこで待っててくださいね」
耳元で聞こえてきた声に一回ほど頷く。だんだん涙も引いてきて落ち着いた椿は去っていく男性をちらりと見た。
長身のスーツ姿で背筋が良い。後姿でも圧倒される。頼りがいのある背中。きっと会社でも重役で、家には可愛らしい奥さんがいて子供は女の子かな?どうなんだろう。
そして男性はすぐに戻ってきた。
「はい、お店でカフェオレダメにしちゃったからお詫びです。本当にすみません。」
「え…あの、いいんですか?」
「泣かせちゃったの俺だし、スカートも汚しちゃったからこんな安物で悪いけど受け取ってください。」
眉を下げながらニコリと笑う男性の姿に申し訳なくなる。
私が泣いたのはカフェオレをこぼされたからでも、スカートを汚されたからでも無いから。
「ち、がうん…です。私、あなたのせいで泣いたわけじゃなくて…」
「うん?」
「…あの」
やっぱりさっきの光景を思い出すと涙が出てくる。また泣いちゃう。どうしよう。
「今日も寒いですね。これ持ってあったまってください」
お詫びとして買ってきてくれたコーヒーをポンと手のひらに置かれた。
じわっと感じる缶の暖かさで涙は引いていく。
「もう遅いから帰りましょう、送りましょうか?…って、こんな初めて会った人に送られのも気持ち悪いですよね。タクシーひろいますね」
「あ、大丈夫です。アパート近いので。」
「本当ですか。良かった。気を付けて帰ってくださいね。」
「…あの、今日はありがとうございました」
「…はい」
男性の顔を見上げると、とても優しい顔をしていた。
手に持つ缶コーヒーがだんだん冷めていくのを感じたが、椿はそれを鞄に入れずに握りしめて一人暮らしをするアパートへと向かった。
「ただいま」
実家にいた時の癖で返事がないのを分かっていながらも帰宅時に言ってしまう。
少し汚れたスカートを洗濯機に入れて、お風呂に直行。
湯船につかりながら目をつむる。
今日は別れと出会いの日。でも、どちらもあやふやで、別れてもいないし出会ってもいない。
そういえばあの男性の名前を聞くのも忘れていた。
お礼したいな。すごく迷惑かけちゃった。あの喫茶店でも結構眠そうだったもんな。でも、会うことなんてないかもしれない。
健太は?今頃何してるの?一緒にいた女の子と今も一緒にいるの?
私が健太の部屋に置いていた私物はどうするの?あの子が来たとき使っていたの?
健太の部屋、机、いす、玄関、お風呂、キッチン、ベッド…私だけのものじゃなかったんだね。なんで、私じゃないの。なんであの子なの。
考え出したらきりがない。さっきもたくさん泣いたのにまた涙が出てくる。
浮気されて泣くなんて悔しい。
椿はお風呂のお湯で涙を隠した。
もうわからない。私は泣いてない。ちゃんと健太と話さなきゃ。
「おーはよっ!!椿」
次の日の朝、講義室で授業の準備をしているところに友達の前田翔子が現れた。
「翔子、おはよう」
「あれ?椿元気なくない?そういえば健太くんと来なかったんだね。てっきり昨日健太くんのうち泊まったかと思ってた。なーに?喧嘩でもしたの?結構遅い時間に入っていくの見えたから…また、健太くんにせまられて怒ったの?」
「ち、違うよ。ってか、昨日健太んち誰か入ったの?」
翔子と健太が住むアパートは一緒で階も同じだからよく見かけるそうだ。
「え…椿じゃないの?昨日10時くらいにサークル終わって帰った時にちょうど健太くんが部屋に入っていくところで、二人いたからてっきり椿かと…見間違いかも!!男だったかなぁ?」
翔子が私を気にしてフォローする。
「あ、違うよ翔子。健太ね、本命の子がいるんだって」
「…?どういうこと」
「だーかーらっ!私が浮気でたぶんその部屋に入っていった子が本命さん」
翔子は混乱しているようで机の上に出していた筆箱をカシャンと落した。
まぁ無理もない。こんなこと笑顔で友達に言われたら私でもこうなる。
「な、なんで?」
「さぁ。昨日偶然健太が女の子と歩いてるの見かけて、話しかけたら健太がその子に謝ったってわけ」




