好きは突然に 1
さて、どうしてこんな状況になったか誰か説明してください。
今わたしの目の前に広がる光景は嘘だと誰か言ってください。
昨日たしか私は付き合って2年記念だと言って彼氏とお祝いをしました。何度も好きだと言われました。再来年結婚しようなと言われたばかりです。
なぜそんな永遠の愛を宣言した彼氏が他の女とキスをしているのでしょう。
「健太先輩、あの人ずっと見てるけど知り合いですか・・・?」
彼と私がお互いを認識したのは何も知らずに幸せに浸っている女からの一言。
真冬でも無いのに体がカチコチに固まって動けないでいる。
何か言わなきゃと必死に唇を開く。
「健太、その子誰?」
「・・・」
「え?健太先輩?どういうこと?」
浮気を許すか許さないかはやはり人によることだろう。
浮気をさせた私も悪いのかもしれない。もっと健太の気持ちを考えれば良かった。さみしい想い、させてたのかな・・・
「・・・ごめん、遥香ちゃん。・・・俺、浮気してた」
私の彼氏、坂本健太が謝ったのは私、大橋椿ではなく今健太の隣にいる女へだった。
浮気相手は紛れもなく私だったということが今明らかになった。
それからは冷静であった。相当ショックだったのか、大したショックでもなかったのか涙は一切出ることなく、椿はその場を静かに立ち去った。
そのまま一人暮らしをするアパートに帰る気にもならず、目に付いた喫茶店に入ることにした。
一番奥にある窓際の席。椿はその席を好んで選ぶ。人目につきにくく落ち着ける。外の景色を見ながらその時間の流れと、自分の中に流れる時間とを比べるのが好きなのだ。
ふと横を見ると仕事帰りのサラリーマンであろうか。腕を組んで下を向いていた。
前を見ると飲み会後の口直しか、ほろ酔い気分の婦人が二人。
その奥にはスーツ姿の男女が寄り添うようにカウンター席に座っていた。
頼んだカフェオレを一口飲んで小さなため息。頭の中は明日までが提出期限の課題のこととバイトのシフト変更についてがぐるぐる回っている。しかし考えるだけで、解決策は思い浮かばない。
あ、そういえば私ふられてないじゃん。
たまにこのような訳の分からない言葉が浮かんでは消える。
「まぁ、ふられた・・・のかな」
考えないようにしても、結局どこかにさきほどの光景が頭をよぎる。
もう一口カフェオレを飲もうとカップに指をかけた時だった。
隣で眠そうにしていたサラリーマンが立ち上がり前に進もうとした拍子に、その人のカバンが私の左腕にヒットした。
カシャン
一瞬何が起きたかわからなかった。
しかしスカートにこぼれ落ちる液体とコーヒー豆の匂いから状況を把握する。
「すみません!火傷しませんでしたか?」
頭上から聞こえる声でビクッと体を揺らして顔を上げる。
すでに男性は鞄からハンカチを取り出しスカートを拭いていたため顔を認識することなく作業が続けられている。
少しクセ毛の髪からふわっといい匂いがした。
「あ、やります。すみません」
店員からおしぼりを受け取ってテーブルを拭く見知らぬ男性を見て
そのおしぼりを男性から勢いよく奪った。
「・・・・・・」
なぜだか急に視界がぼやけた。瞬間ポタっとテーブルに雫が落ちる。
慌ててそれを拭いて作業に戻るが視界は晴れない。
なんで泣いているのか自分でも分からない。
泣いているのを隠すようにもう綺麗になっているテーブルをゴシゴシと力を入れて拭く。
しかし椿の涙は一回出たら止まることは無く、続けて順番を待っていたかのようにポタポタと流れ始めた。
不意に横のほうでため息が聞こえた。
さきほどの男性だ。めんどくさい女だと思われただろうか。
たかが一杯のコーヒーをこぼされただけ。スカートのシミも大したことない…
「…ふぇ……」
でもどうしてため息をつかれなきゃいけないの?
本当に今日はついてない。
みじめな思いを数時間の間で二回もしたのだ。
涙が出てくると次は嗚咽が出るようで椿は子供のように
目を擦りながら必死に声を抑える。
「出ますよ」
さきほどの男性が私の手を引っ張って外へ向かった。
私はもうどうにでもなれとただ泣きじゃくりながらその人の手をつかんでついて行った。




