理不尽vs理不尽 39
時間は、少し遡る。
バルナスの隣りで、ジュールが胸の前で手を組み、目を閉じた。
「うおぉぉぉぉぉ!」
レイブンが雄叫びを上げながら、こっちに走ってくる。バルナスは、左手を思いっきり突き出した。
「電撃っ!!」
バルナスの左手につけた指輪から、電撃が迸る。電撃の呪文を封じたコモンルーンが、キーワードに反応して封じられていた呪文を発動させたのだ。
レイブンは、あっさり避けた。レイブンの後ろで観戦していたドラナも、あっさり避けた。電撃の呪文は、レイブンの後ろの建物まで到達して消滅した。
「バケモノめっ!! 詠唱のいらないコモンルーンを、見てから避けるなぁっ!!」
バルナスは、右手を思いっきり突き出した。
「閃光っ!!」
右手につけた指輪から、とんでもない光量の閃光が迸った。指向性をもった閃光は、レイブンに向かって弾けた。
特注の灯りのコモンルーンだ。持続時間は一瞬だが、光量は10発分の閃光弾である。
「それは、見てるぜっ!!」
レイブンはバルナスの右手の動きを見て、両腕をクロスさせて自らの目をカバーした。一瞬だけだが、レイブンの足が止まった。
ジュールが目をあけた。彼女の指先と第一関節の外側には、小さな魔法の光が灯っていた。指をいっぱいに広げ、なんとなくレイブンの顔と膝を狙う。
次の瞬間、歌うように彼女の口から音がこぼれ出した。
『C、Db、F、G、Bb!!』
小さな魔法の光が、レイブンに向かって飛んでいく。
バルナスは大きく深呼吸すると、呪文の詠唱を開始した。
「マナ・イーウンバルト・デラクーザ……」
バルナスの口から、朗々と呪文が溢れ出す。上位古代語だ。同時に複雑な身振りにより、空中に魔方陣を描き始めた。呪文をあえて共通語に直すとこういう意味の言葉になる。
『マナよ。万物の根源たるマナよ。我が命に従い、ここに集え』
中級以上の魔術師であれば、“マナよ”か“万物の根源たるマナよ”の一言で済むところである。今回は完全詠唱の縛りがあるため、バルナスは詠唱を省略していない。
詠唱に伴い、空気中のマナが目の前に圧縮されていく。圧縮されたマナは、光る球体となった。
『万物の根源たるマナよ。我が命に従い、その姿を現せ! マナよ……。咆哮する電撃となれ!!』
バルナス体内の魔力を、言葉にのせて言霊と成し、魔法のイメージを生成していく。
定義付け。魔法を形にする、一番大切な工程。
バルナスはここで、あえて余計な一節を詠唱に仕込んだ。
『電撃よ……。太く、疾くなれ!』
わずかに詠唱時間が伸びるリスクを負ってでも、魔法の威力と速力を極限まで引き上げるための一節。言うなれば“毒”だ。
『電撃よ、我が敵を射落とせっ !!』
徐々に光の弾が大きくなり、小さな放電が起こり始めた。
『ライトニングっ!!』
呪文名と同時に、電撃の呪文が発射された。 黄金色の雷が、レイブンに向かって駆けていく。
「勝負あり! 勝者、バルナスとジュール!」
神様達の反対側に立っていた、ガロンが右手を上げた。
レイブンは、大きく身体をひねって電撃の呪文を避けた。
“あのヤローっ! なんか仕掛けてきやがった!”
彼にしては珍しく、冷や汗を流していた。
レイブンの後ろで観戦していたドラナの目から、レイブンの背中が消えた。
目の前に……。レイブンが避けた、電撃の呪文が迫ってくる。
「こんどのは……。当たると、痛そうだな」
ドラナの目には、2発目の方がエグく映っていた。
さもありなん。完全詠唱により呪文の発動が安定しているだけでなく、電撃の太さと速さが拡大されているのだから。
ドラナは大きく身体をひねって避けた。電撃の呪文は、建物に直撃して消えた。ドラナも、冷や汗を流していた。
「ん? オレの負けか?」
ガロンの宣言を耳にしたレイブンの手は、ジュールの顔の数センチ手前で止まっていた。
「か、紙一重……」
バルナスは、地面にへたり込んだ。
「本当に……。戦士って、理不尽っ!!」
全力で、怒鳴った。
《理不尽よねー》
《同意》
大地母神と、知識の神が、大きく頷いた。
「それは、こっちのセリフだっ!! なんなんだよっ、あれっ!!」
レイブンが吠えた。
《魔法って、ズルい……》
戦の神のボヤキに、ドラナと多くの神官戦士達が、全力で頷いた。
「どっちもどっち……じゃの」
ガロンが小さく呟いた。
- 完 -




