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愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第6章 二人で一緒に、背負っていくもの
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50/55

③

キースが前世――ゼンの記憶を語ったとき、その声はすでに静かに揺れていた。


言葉を選んでいるのではない。

抑えているのでもない。


ただ、溢れてしまいそうな何かを、必死に形にしているだけだった。


私はそれを見ていた。


理解しようとしたが、まだどこかで受け止めきれずにいた。


しかし胸の奥に、言葉にならない引っかかりだけが残る。


それは痛みではなく、もっと曖昧で――

“思い出しかけている何か”のような感覚だった。


気づけば、指先が動いていた。


無意識のまま、キースに触れようとしていた。


その瞬間だった。


視界が、揺れた。


——違う、これは“今”じゃない。



光の質が変わる。

床の感触が消え、代わりに柔らかな土の匂いがした。

空気が軽く、そしてどこか懐かしい。


気づけば、そこは王宮の庭だった。


幼い自分が、そこにいる。


そして、そのすぐ隣。


いつも少し後ろに立っているのに、決して離れない影があった。


「ゼン」


自然と、その名が浮かぶ。

呼んだ記憶すらないのに、口が覚えていた。


宰相の家の子。

同じ年頃で、いつも王宮に出入りしていた少年。


親友と呼ぶには少し静かで、従者と呼ぶにはあまりにも近い距離にいる存在。


背筋はまっすぐで、年齢に似合わず落ち着いた目をしている。

けれど私を見るときだけ、その奥がほんの少しだけ柔らかくなる。


「また転びそうでしたね、ティア様」


淡々とした声。

それなのに、そこには確かな温度があった。


「ゼンがいるから大丈夫よ」


幼い自分の声が、無邪気に響く。


その言葉に、彼はほんの少しだけ目を細める。


――その一瞬が、なぜか胸に残った。


それから何度も、何度も。


誰にも見られていない場所で、そっと隣に立っていたこと。

泣くことを許されない夜、言葉もなく傍にいたこと。


“守っていた”というより、

“そこに在り続けていた”存在。


それだけが、ずっと支えだった。


なのに――景色がまた揺れる。



空気が重く沈む。

庭の光が消えていく。


代わりに、血の匂いが滲んだ。


崩れた王宮の廊下。

冷たい石の上に、私は倒れていた。


もう声も出ない。

ただ、かすかに息をしているだけ。


その傍にいた。

誰よりも近くに、いつも隣にいた人が。


崩れた世界の中で、必死にその身体を抱きしめている。



「……ゼン」


声が震えていた。


ゼンは血に濡れた手で、必死に呼吸を確かめている。

壊れそうなほど静かな声で、何度も名前を呼んでいる。


「ルーナ様……」


その声が、やけに優しかった。


こんな状況なのに。

こんな終わりなのに。


まるで、まだ間に合うと信じているみたいに。


でも――もう、間に合っていなかった。


視界が滲む。


そのとき初めて気づく。


“守ってくれていた人”は、ずっと自分の知らない場所で崩れていっていた。


自分の選択も、言葉も、気づかなかった何かも。

全部が少しずつ、彼を壊していたのかもしれない。


「……私の、せい……?」


声にならない。


罪の輪郭だけが、静かに浮かび上がる。


そして―崩れかける世界の最後の瞬間。


その腕の中の“自分”が、ほんのわずかに息を吐いた。


途切れそうな意識の中で。

それでも、微かに。


安心したように。


恐怖でもなく。

絶望でもなく。


ただ静かに、目を閉じる。


その表情を見た瞬間。


私の中で、何かが崩れた。


ああ。

そうだ。


あのとき私は――怖くなかったんじゃない。

安心してしまっていたんだ。


誰かが、ちゃんとそこにいてくれることに。

最後まで、離れないことに。


その事実に、救われてしまっていた。


呼吸が止まる。

胸の奥が強く掴まれる。


“救い”だったはずの記憶が、ゆっくりと“罪”へと姿を変えていく。



その瞬間ー現実へ引き戻される。


私は膝から崩れそうになるのを、必死に堪えた。


視線の先に、キースがいる。


同じ記憶を、同じ重さで抱えてしまった人。


そして今ようやく、すべてが一本に繋がってしまったことを知る。


「……ゼン……」


もう一度、その名前を呼ぶ。


今度は、理解してしまった声で。

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