↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
愛する人と、幸せになること ~前世で死んだ私を、彼だけが覚えていた~  作者: rara
第6章 二人で一緒に、背負っていくもの
PR
49/55

②

私が、ティアと隣国の王子――アランとの関係を知った日のことを、今でもはっきり覚えている。


あの日の空気は、妙に静かだった。


王宮の一室。

昼の光はやわらかく差し込み、すべてを平穏に見せてしまうほどだった。


その静けさの中心に、彼女はいた。


視線も、言葉も、すべてがまっすぐだった。


そのまっすぐさが、むしろ残酷なほどに揺るぎなかった。



「……どうして、アラン様を愛したのですか?」


問いは、静かに落ちた。


音を立てないまま、部屋の空気に溶けていく。


責めていない。

揺さぶってもいない。

ただ、そこにあるものの“理由”を、知ろうとするだけの声だった。


彼女は一瞬だけ、息を止めた。


理由を探す。

正しさを探す。

答えになりそうなものを、いくつも並べてみる。


けれどどれも、声になる前に崩れていった。


残ったのは、ただひとつだけだった。



「どうして、かしらね……。理由なんて、分からないわ。ただ――恋に落ちてしまったの。」


その言葉は、あまりにも軽かった。

軽いのに、どうしようもなく真実だった。


言った本人でさえ、後から否定できない種類のものだった。


彼女は、わずかに目を細めた。


その仕草は拒絶ではない。


ただ、光を正面から受け止めきれずに、そっと瞬きをしたような――小さな揺らぎだった。


その奥にあったものを、当時の私は知らない。



「今のティア様にとって……一番の幸せは、アラン様との未来ですか?」


「えぇ。そうよ。」


ティアに迷いはなかった。


その声は、ひとつも引き返す余白を持っていなかった。


まっすぐで、あまりにも純粋で。


だからこそ、もうそれ以上の会話を許さなかった。



その瞬間。


何かが静かに“終わった”ー、音もなく。

誰にも気づかれないまま。


それは静かな、確定だった。


彼女の幸せは、そこにある。


それ以外の形は、最初から存在していなかったのだと――そう定義されてしまった。



「……それでは、ティア様が幸せになれるよう、私が最善を尽くしましょう。」


その言葉は誓いだった。

忠誠でも、愛でもない。


ただ、そう“作られてしまった役割”を、疑うことなく受け入れた結果だった。



あのときの私は、それを正しいと思っていた。

疑うことの意味すら、持っていなかった。


それが、始まりだった。

むしろ、終わりの形をした始まりだった。


キースの呼吸が、ほんのわずかに乱れる。


その乱れは、感情ではなく“記憶の重さ”そのものだった。



しかしアランへの違和感は、ずっとあった。


ほんの小さな綻び。

目の端に残る影のようなもの。

言葉の間に混ざる、説明できない沈黙。


それらはすべて、見ようとすれば見えたものだった。


けれど私は、見なかった。

見ないまま進んだ。

進むことが、正しいと信じていた。


ティアの選択を疑わなかった。

そして、自分の判断も疑わなかった。


その積み重ねの果てに――すべては崩れた。


気づいたときには、もう戻れなかった。



あの夜。

空気だけが、異様に静かだった。


まるで世界が息を潜めているような静けさだった。


血の匂いが、その静けさの中にだけ、確かに存在していた。


ティアは、そこにいた。

倒れていた。


それなのに、まだ“ここにいる”と分かってしまう目をしていた。


視線が、かすかに動く。


その微かな動きひとつで、希望ではなく現実が突きつけられる。



私はティアの手を取った。


冷たさが進んでいるのに、まだ消えきっていない温度があった。


それが余計に、現実を壊す。


呼吸は細く、言葉はもう届かない場所にある。


それでも、目を逸らすことだけはできなかった。



ただ、ティアを見つめていた。


止めるべき瞬間を、ただ通り過ぎてしまったすべてを。


それが、覆しようのない事実だった。


「……私が…貴方を殺した」


その言葉は、音にならなかった。


喉の奥で壊れて、形になる前に落ちていく。


守れなかった、ではない。

そんな優しい言葉では収まらない。


ー見殺しにした。


ただそれだけが、残っている。


意志は関係なかった。

悪意も関係なかった。


それでも結果は、等しくそこにあった。



ティアは、静かに遠ざかっていった。


その直後ー私の世界は終わった。


崩れていく視界の中で、思考だけが異様に冴えていた。


もし、また貴方が産まれ変われるのならばー今度こそ。

貴方は愛する人と幸せになってほしい。


それは祈りだった。


しかし救いではなく、どうしようもなく歪んだ願いだった。



そして、その願いは叶えられた。


だが同時に、代償もまた正確に支払われていた。


ルーナからゼンの記憶は消えた。


そして二人は、それぞれの痛みだけを抱えたまま、同じ時代に生まれ落ちた。



キースの唇が、わずかに動く。


「……ルーナ」


その声は呼びかけではない。


ただの確認だった。


ここまで続いてしまったものを、逃げ場なく確かめるための。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。