①
焼けるような痛みが、まだ胸の奥に残っている気がした。
息を吸おうとして、うまくできない。
喉が詰まったように、空気が入ってこない。
——苦しい。
そう思った瞬間。
「ふぇ……っ、え……っ」
情けない声が、勝手に零れた。
……違う。
こんな声じゃない。
こんな弱々しい音を、私は知らない。
重たい瞼を、ゆっくりと押し上げる。
視界はぼやけて、輪郭も定まらない。
けれど。
頭上に広がるのは、見覚えのない天蓋。
柔らかな布が幾重にも重なり、朝の光を淡く透かしている。
——ここは、どこ?
理解が追いつかないまま、身体を動かそうとして、違和感に気づく。
指が、小さい。
腕が、思うように動かない。
力が入らないどころか、思い通りに制御すらできない。
ゆっくりと、自分の手を視界に入れる。
丸くて、短くて、頼りない指。
——ありえない。
心臓が、大きく跳ねた。
あの瞬間が、鮮明に蘇る。
胸を貫いた冷たい刃。
溢れ出した血の温度。
そして——
最後に見た、あの人の姿。
——私は、確かに死んだはずだ。
『……どうして……』
問いかけたはずの言葉は、もう誰にも届かないまま。
私は、あの夜で終わったはずなのに。
なのに、どうして。
『……私……』
言葉にならない。
声にしようとしても、出てくるのは——
「えぇん……っ、ふぇ……っ」
赤子の泣き声だけ。
涙が、勝手に溢れてくる。
悲しいのか、苦しいのか、それすら分からない。
ただ、胸の奥に残る感覚だけが、消えない。
裏切られた痛み。
それでも最後に感じてしまった、あの腕の温もり。
混ざり合って、ぐちゃぐちゃのまま。
「まぁ、どうしたのかしら。さっきミルクをあげたばかりなのに」
「寂しくなったのかもしれませんね。抱っこしますね」
足音とともに、誰かが近づいてくる。
視界に映るのは、二人の女性だった。
優しげな声。
差し伸べられる手。
抱き上げられる。
あたたかい。
やわらかい。
その瞬間。
ふっと、力が抜けた。
背を撫でる手が、ゆっくりと上下する。
一定のリズム。
それだけで、不思議と呼吸が整っていく。
「大丈夫ですよ、ルーナ様」
耳元で、やわらかな声が囁く。
初めて聞くはずの声なのに。
どうしてか、懐かしいような気がした。
もう一人の女性が、そっと顔を覗き込む。
まだあどけなさの残る、若い女性。
けれどその瞳には、はっきりとした愛情が宿っていた。
「あぁ……ルーナ」
震える声。
指先が、私の頬に触れる。
壊れ物に触れるみたいに、そっと。
「大丈夫よ。怖いことなんてないからね」
その言葉に。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
——怖いことなんて、ない。
本当に?
一瞬、疑う気持ちがよぎる。
けれど。
その手はあたたかくて。
声はやさしくて。
気づけば私は、抵抗することなくその温もりに身を預けていた。
まぶたが、ゆっくりと落ちていく。
意識が、やわらかく沈んでいく。
——もう、いいかもしれない。
今度こそ。
何も知らずに、生きていけるなら。
——あぁ。
こんなにも簡単に、安心してしまうなんて。
私は今、確かに“生きている”。
あの終わりの先で。
すべてを失ったはずの、その先で。
——もう一度。
私は、目を閉じた。
けれどこの時の私は、まだ知らなかった。
この二度目の人生もまた、決して穏やかなものではないことを。




