百年前、裏切られた夜
「一緒に逃げよう——」
その言葉が、嘘だとは思わなかった。
けれど、すべてを信じていたわけでもなかった。
私たちは、結ばれてはいけない関係だったから。
たとえこのまま手を取り合えたとしても、待っているのが幸せだなんて、思えるほど無邪気ではなかった。
それでも——
繋がれた手の温もりを、振り払うことができなかった。
夜の帳に紛れるように、城を抜け出した。
冷たい石畳を踏みしめながら、何度も振り返る。
追手の気配はない。
けれど、胸の奥にあるざわめきだけは消えなかった。
「大丈夫だ」
隣を歩く彼が、静かに言う。
「私が守るから」
その声は穏やかで、優しくて。
だからこそ、余計に不安になる。
——どうして、そこまでしてくれるの?
問いかけは、喉まで出かかって、消えた。
答えを聞くのが、怖かった。
やがて辿り着いたのは、城外の外れ。
人気のない、ひっそりとした場所。
そこで彼は、足を止めた。
「……ここまで来れば大丈夫だ」
その言葉に、張り詰めていたものがわずかに緩む。
ようやく、息ができる気がした。
指先の力を抜こうとして——
その瞬間。
視界が、赤く染まった。
何が起きたのか、分からなかった。
ただ、胸の奥に鈍い衝撃が走って。
遅れて、焼けるような痛みが広がる。
ゆっくりと視線を落とす。
自分の胸に、深く突き立てられた剣。
そこから溢れ出す、赤。
理解が、追いつかない。
「……どうして……」
声が、震える。
目の前にいるはずの彼の顔が、うまく見えない。
にじんで、歪んで。それでも——
その手が、剣を握っていることだけは、はっきりと分かった。
しかし、問いかけはもう言葉にならない。
そして地面に崩れ落ちた身体を支えるーあたたかい腕の温もり。
「……ごめん」
耳元で、かすかに響く声。
それが、誰のものだったのかさえ、もう分からない。
視界が暗くなっていく。
意識が、遠のいていく。
——それでも。
最後まで、私は愚かだった。
最期に裏切られてもー彼を愛していた、と。
どうしようもなく思ってしまった。
——そして、私は絶命した。
……それが、およそ百年前のこと。
次に目を開けたとき。
私は、再びこの世界に生まれていた。
前世の記憶を、そのまま抱えたまま。
けれど——
その時の私は、まだ知らなかった。
もう一度出会うことになる人が。
また一生涯をかけて私を愛してくれることを。
閲覧ありがとうございます!
完結してるので、少しずつ公開していきます!




