揃いのもの
ゼノに寂しい目をさせない。みんなの不安げな顔を背に、夜の森へと向かった。念のため金棒を手に持ち、炎を灯したランプを片手に進むも、不安が押し寄せてくる。暗闇が恐ろしく感じるのはもちろんなのだが、この先、ゼノがいない未来を考えると居ても立っても居られない。
暗い森の中は、風が吹くだけでも不気味に感じるが足を止めることはしない。
森の中を探し回るも、広すぎている場所の目星もつかない。見つけるまで帰るつもりはない。しかし、ずっと歩き続けていくには体力がなさすぎる。この先に行けば、女神のいる泉があったはず。あの日の記憶が呼び起こされるので、あまり近寄りたくない。しかし、あの場所なら開けているし休むにはちょうどいい。気が乗らないが、向かうことにした。
ゼノは一体どこへ行ってしまったのだろう。今までは勝手に家に入り、声を掛けずともそばにいた。それなのに、自分から離れて行ってしまうなんて。とぼとぼ歩いていると、泉のほとりに人影が見えた。女神が月光浴でもしているのだろうか。なんだか寂しいので、話し相手になってもらおうと近づくと青い目のその人は、私の姿を見るなり逃げようとした。
「待って、ゼノ君」
ゼノは居心地悪そうな様子だったが、私の声に立ち止まってくれた。
「探したよ」
「なんで」
「心配だったから」
ゼノは顔を背け、こちらを見てくれない。それどころか距離を縮めようと、一歩前に出ると二歩も三歩も後ろに下がってしまう。
「こんな暗い夜になんで出歩いてる。さっさと帰れ」
「一緒に帰ろうよ」
ゼノはずっと揺らめく水面を見つめている。
「私は大丈夫だから」
「それなら良かったよ」
そうはいっても、ゼノの顔は曇ったままだ。どうしたらその心に触れられる。どんな言葉を掛ければ、彼はの強張った表情を緩めることが出来る。どんなに考えても、失敗しそうで怖い。私の言葉や、行動でゼノを傷つけてしまうことはもっと怖い。それでも、私はここで決めた。私がゼノのことを守り抜く。
意を決して、ゼノに勢いよく近づき逃げる間を与えずにその手を掴んだ。
「私は青色が好き」
彼の頬手に手を当てて、その青い瞳をまっすぐに見つめるが顔を背けてしまう。けれど、握った手は振り払われることはなかった。
「ゼノ君の炎の色だから。ゼノ君の瞳と同じ色だから。私は青が大好き」
赤でもオレンジでもない炎の色。どこにでもない特別なゼノの色。私に勇気をくれる色。生きる理由をくれた人。誰にも言えなかった思い、言いたくなかった過去。ゼノに聞いてほしいと思った。
「私ね、左腕に傷があったんだ。それが目に入るのがずっと嫌で、長袖ばっかり着てた」
「……」
「でもね、全部ゼノ君が消してくれたから。もう隠す必要なくなったんだ」
「……」
「だからね、ゼノ君。ありがとう」
ゼノの伏し目がちな目が大きく見開かれた。泣きそうに揺れる瞳は、まるで夜空に輝く青い月のよう。
「あんたはいつだって俺を受け入れてくれるな」
「あたりまえじゃない」
「あたりまえじゃねえよ。俺は初めてだった」
「じゃあ、これからもっともっとたくさんの当たり前を作ろうよ」
「できねえ。俺はもうあんたと一緒にいられない」
「どうして?」
「俺の炎は呪われてる。いつかあんたを焼き殺してしまいそうで。思うと怖くてしかたねぇ」
最近、ゼノは時々こちらに手を伸ばしてくることがあったが、何か思い出したようにすぐに引っ込めてしまう。ふいに手がぶつかったときも、慌てて手を放すようなそぶりを見せていた。嫌われているのかと不安に思うと時もあたけれど、今なら分かる。
「私、ゼノ君になら殺されてもいいよ」
思っていた以上に長生きできたと思っている。ゼノがいなかったらここまで、生きていることはなかっただろう。彼に繋いでもらった人生。彼で終わるのならそれもいいかもしれない。でも、ゼノはそんなことしないのは分かっている。
「俺はあんたがいない未来は考えられない」
「ゼノ君」
「だから、俺の知らないどこかで生きていてほしい」
ゼノがそう言ってくれる気持ちは嬉しい。その思いに答えたいとも思った。それは、かつての私と同じ願いだったから。でも、いや、だからこそ伝えたい。
「私は、あなたの隣で生きてみたい」
ゼノの指先が、私の掌の中でぴくりと動く。するりと手を引き抜くと左腕の包帯を解いた。そして、その包帯を私の傷跡を包むようにふわりと巻いてくれた。「お揃いだね」と言うと、複雑そうな顔をしながらも微笑んでくれた。




