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少しの隙間

 せっかく見るチャンスなのに、何をしているのだろう。顔を上げればすぐそこにゼノがいるというのに、彼の足元を凝視している。これではまた変な人だと思われてしまう。しかし、新しい発見があった。

 ゼノの履き物のブーツは真っ黒だと思っていたが、少し青みががった黒だった。光の当たり具合で見え方が変わる。まるでガラスの靴のよう。靴なら真似してもバレにくそうだ。次からはあからさまに寄せるのは控えよう。

「なあ」

「どうしたの?」

「あれ」

 ゼノは、窓の外を指さす。そこに目を向けると、レインがまだロナに浮かされている。日頃の鬱憤を晴らしているかのようなトーガは、レインを煽っている様に見えた。

「あいつら、ほんと何やってんだ?」

「遊んでるだけだよ」

「まあ、こっちは静かでいいが」

「混ざりに行く?」

 心底嫌そうな顔。ゼノがノリノリでみんなと戯れる姿は全く想像出来ないが、見てみたくはある。いつかそんな日が来たら嬉しい。そんな場面を少し離れた場所から眺められたなら、そんなに幸せな事はない。みんな抱えている物がある中で、何もかも忘れて笑い合えたなら。それがほんの一瞬でも、きっと忘れないだろう。そうなる日を私が作らなければ。まずはお茶お時間だ。

「紅茶淹れるから、ゆっくりしてて」

「火はいるか?」

「うん。お願いするよ」

 コンロはあるのだが、ゼノの好意は受け取らないわけにはいかない。それにこんなに贅沢なことは無いだろう。彼の炎でお湯を沸かすなど、そんなことしていいのだろうか。世界中のゼノファンに怒られそうだ。薪をくべたコンロ風の囲炉裏に青い炎が揺らめく。ついつい眺めてしまうのだが、彼がやかんに水を勢いよく入れたのであまり眺められなかった。

 ゼノがやかんを置くと、炎は勢いを増して彼の手も飲み込んでしまうほどに燃え上がった。やかんの取っ手を掴んだまま離さないので、救出しようと近づくと足で距離を取られてしまった。とっさにその長い足を掴んでしまい、ゼノは体制を崩した。支えようと踏ん張るも、この対格差では到底不可能だった。

「おい、大丈夫か」

 気づくと床に二人して倒れていた。しかもゼノが私に覆いかぶさるような態勢。これが床ドンというやつなのだろうか。噂で聞いていた以上に破壊力がありすぎる。

 首に巻かれた包帯が緩み私の顔にかかって、くすぐったい。でも、動けない。その奥に見える傷跡は未だ痛々しく残る。時々夢に見るあの光景。やれ直せたはずなのに、また繰り返すのではないかと恐ろしくなる。

 だが、そんな事を考えても仕方がない。回避する方法を探すだけだ。それよりも、今はこの状況をどうにかしなければ。

 ゼノが片腕を床につき少し動けばその体に触れてしまいそう。どう対応するのが一番正解に近いのだろう。押しのけるようにしてしまえば、嫌な気持にしてしまうだろう。しかし、このままでいるわけにはいかない。ここはゼノが動くのを待つのがよさそうだ。目を閉じ、心を無にして待つことにした。

「おい」

「……」

「聞こえてねえのか?」

「聞こえてます」

「どっか痛てえのか?」

「大丈夫です」

「なら、目開けろよ」

 恐る恐る目を開けると、ゼノの綺麗な目がすぐそばにあった。ガラス玉の様に透き通っている。そこに映る自分の姿。何も言葉が出なくなった。

「あの、えっと」

「どうした、頭打ったか?」

 心配そうにのぞき込まないで欲しい。視界からゼノを遮断しようと、おでこのあたりに手を動かす。この仕草が、彼の不安を煽ってしまったらしい。手を掴まれ、さらに顔を覗き込んでくる。

「ごめん、ゼノ君。少しだけ離れてもらってもいいかな」

「ああ」

 全くなんて男だ。息が止まるかと思った。いまだに心臓は落ち着かないし、頭の中はゼノの顔でいっぱいだ。払いのけようと頭を振るも、意味がない。

「悪かった」

「いや、私が足を掴まなかったらよかった。ごめんね」

「……」

 なんだ気まずい空気が流れそうになった時、トーガが賑やかな二人を引き連れて部屋に戻って来た。

「ねえ、エトちゃん聞いてよ。この人ったら女心の一つも分からないのよ」

「そうなの?」

「そうなの。全然だめ」

「人たらしな雰囲気はあるんだけどね」

 レインを眺めると、腕を組み少し不機嫌な顔を見せた。そんなところもどこか憎めない感じがずるい。

「それ、褒めてないよね」

「なんとも言えない」

「エトちゃん、酷いよ」

 なんて言いながら笑っているレイン。彼の心もまた、どこか強ばっている様に見えた。だから、放っておけない気持ちになった。求められてはいないかもしれないが、手の届く範囲に居てくれたなら、何か力になりたいと思った。

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