↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
2年目

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/118

第十八章(3)

「どうしたんだ? ずいぶん思い詰めた顔をしてるな」

 確かに、ひどい顔だと思う。

 朝起きたとき、自分でもそう思った。

 どうやらハーベストは本気で心配してくれているようだ。

 僕は指を絡めて両手のひらを組む。この気の良い友人は、僕の悩みを馬鹿にせず、真面目に聞いてくれるだろうか。

 祈るような気持ちで振り返り、上目遣いに背の高い彼を見上げた。

「あのね、ハーベスト……ちょっと聞きたいことがあるんだ」

「何だ? 俺にわかることなら、何でも答えるぜ」

 相変わらず、いいやつだなぁ。

 僕はもじもじと指を弄びながら、眉を寄せて口を開く。

「君にしか聞ける人がいなかったから……その、突然呼び出してしまって申し訳ないんだけど」

「何でも答えるって言っただろ? 心配しないで話してみろよ」

「ええと……すごくつまらない質問で、本当に申し訳ないんだけど……」

 うじうじしている僕に、ハーベストは苦笑いを浮かべるだけで、それ以上急かしたりはしなかった。

 その優しさに感謝しながら、僕は一度呼吸を整え、意を決して口を開いた。

「あのさ……『夜想』って、何だか知ってる?」

「夜想? 終年祭のか?」

 こくん、と頷く。

 すると彼は急に頬を緩め、自信満々に説明してくれた。

「夜想っていうのは、終年祭の夜に意中の人を会場から連れ出して、夜景を楽しむデートのことだ」

「デ、デート……?」

「一年の思い出を語り合って、祭りの余韻に浸るんだよ」

 ――夜を想う、か。

 そういえば去年の終年祭でも、夜になると食堂から姿を消す生徒が多かった。

 あれは、みんな夜想に出掛けていたのか。

 僕が納得したような顔をしていると、ハーベストはにこにこしながら何度か頷いた。

「なるほどな。フリックも今年はマーガレットを夜想に誘うんだな?」

「えっ!? ち、違うよ!」

「じゃあ、なんでそんなことを聞いたんだ?」

「えっと、それは……」

 僕はもじもじしながら、昨日の出来事を説明した。

 寮の四年生――ルークさんがマーガレットを気に入っていること。

 彼女を夜想に誘うつもりだと言っていたこと。

「何だよ、その四年生。マーガレットと話したこともないんだろ?」

「たぶん……そう思う」

「そんなやつにマーガレットを取られてもいいのか? フリックはどうする気なんだ?」

「そう言われても……どうしたらいいかわからなくて。ただ、なんとなく、そうなったら嫌だなって思ってるだけで……」

「それなら話は早い」

 ハーベストは即座に言い切った。

「フリックが先に夜想に誘えよ!」

「――!」

 あまりにあっさり言われて、僕は言葉を失った。

「……でもさ。僕なんかが誘ったら、迷惑だよね」

 しばらくの沈黙の後、絞り出すように言うと、彼は首を傾げた。

「どうしてだ? 君らは仲がいいだろ。マーガレットも喜ぶと思うぞ」

「僕はそうは思わない。身分が違いすぎるし……ルークさんなら、卒業後にも関わりがあるかもしれない。今のうちに知り合っておくのは、彼女にとって有益かもしれないけど、僕は……」

 何となくだけど、わかっていた。

 僕が風見鶏に入れたのは、運が良かっただけだ。

 幸運が重なって、たまたま入れただけ。

 卒業したら、きっと元の平民に戻る。

 実家のりんご農園を継ぎ、風見鶏での思い出を胸に、故郷で生きていく。

 期待してくれる人はいるし、コリウス先生のような例もある。

 でも、自分がそんなきらびやかな道を歩けるとは、どうしても思えなかった。

「僕は一生平民だし……マーガレットと友達でいられるのも、風見鶏にいる間だけだ。なのに、彼女の人生の邪魔をするのは、良くないかなって……」

「はあ?」

 ハーベストは、強い口調で遮った。

「何を言ってるんだ?

 どうして平民だったら友達でいられないんだ? 

 君は風見鶏を卒業したら、俺の友人もやめるつもりなのか?」

「えっと……そういうつもりはないけど、いずれは……」

「あのな。君、成績はいいくせに、意外と頭が悪いな!」

 額に手を当て、彼は大きくため息をついた。

「友達になるってのはな、君と俺が『友達になりたい』って思うだけで成立するんだ。平民とか貴族とか、将来に役立つかどうかなんて関係ないだろ?」

 僕は気圧されるように、静かに頷いた。

「マーガレットだって同じだ。夜想で君と過ごしたいと思って、君もそう思っていたら、それでいい」

「…………」

「君はルークさんとマーガレットが仲良くなるのが嫌なんだろ? 一緒に終年祭を過ごしたいんだろ? だったら、伝えるべきことは一つだ」

 ハーベストは真っ直ぐに僕を見る。

「ぐずぐず悩んで、ふてくされていても、何も得られないぞ」

 確かに、その通りだった。

 本当に身を引くつもりなら、ここまで悩んでいない。

 僕の気持ちは、とっくに決まっている。

「……僕は、ルークさんにマーガレットを取られたくない。終年祭は、彼女と最後まで一緒に過ごしたい」

「だろ? なら言ってみろよ。言わなくても、マーガレットはそんな先輩の誘いなんか受けないと思うがね。心配なら、先約を入れておけ!」

 ――マーガレットが身分を気にするようなやつじゃないのは、君が一番知ってるだろ。

 そう言われて、胸がちくりと痛んだ。

「身分が障害になったら、その時に爵位でも受ければいいだろ! 風見鶏を卒業してたら、方法なんていくらでもある。

 何をそんなに悩んでるのか、俺にはさっぱりわからないね!」

 そう言い捨てると、彼は最後に白い歯を見せて笑った。

「健闘を祈るぜ!」

 そして、そのまま広場を後にした。

 ――ハーベストの言うことは正しい。

 僕は彼に相談して良かったと、心から思った。

 僕はルークさんの、僕に対する対応に傷つき、意味もなく自信をなくしていた。

 けれど、そもそも――ルークさんがどう思おうと、僕にはまったく関係がない。

 彼は僕たちのことを、ほとんど知らない。

 僕がマーガレットと釣り合わないかどうかなんて、正当に評価できるはずがない。

 少なくともハーベストは、平民の僕を応援してくれている。

 出会ったばかりの頃、彼自身が僕を見くびっていたにも関わらず、だ。

 僕は、自分が思うほど小さな人間じゃない。

 僕は勝手に、自分の身の丈を低く見積もっていた。

 自分で自分の可能性を狭めていたのだ。

 そのとき、学長の言葉が脳裏に浮かんだ。

『フリックくん。別に答えを求めているわけじゃない。ただ私は、君にひとつの選択肢を用意することができる、と言いたかっただけだ』

 僕には可能性がある。

 選ぼうとすれば、手が届くかもしれない可能性が。

『もっと長い目で考えて、スケールの大きいことをしてほしい。風見鶏を卒業することは、君にとって終わりではなく、始まりなのだと考えてほしい』

「……僕の人生、か」

 その日の晩、ひとりきりの部屋で、僕はぽつりと呟いた。

 彼女に言おう。

 「ルークさんと夜想に行かないで」と。

 雑念を振り払ってそう決意した僕は、その晩から数日間、驚くほどぐっすり眠ることができた。

 ――ただし、なかなかそれを実行に移す機会には恵まれなかった。

 機会が訪れたのは、次の白曜日。

 二回目の終年祭の準備に駆り出された日の、夕方だった。

 その日もフロウリードームのみんなと、図書館の飾り付けをしていた。

 知恵の樹のレプリカである巨大なオブジェに、ヒモで結んだ色とりどりの鉱石ランプを巻き付けていく。それが今日の一番大きな仕事だ。

「僕たちで上の方に巻き付けます。二年生は下で、ヒモが絡まらないように見ていてください」

 今日はルークさんが寮長らしく、スフェーンを駆使して天井近くを飛び回りながら指示を出していた。

 僕はその中心的な作業から外れ、地味な場所の飾り付けを任されていた。

 図書館はとにかく広い。

 壁際に並ぶ本棚だけでなく、自習用の机が並ぶスペース、ハンナさんのいる受付、二階三階へと続く階段の手すりまで、すべて飾り付けなくてはならない。

 僕は、ヒモで結びつけた長い鉱石ランプを、二階へ続く階段の手すりに巻き付けていた。

 自習机で居眠りしているライズを横目に、僕は黙々と作業を続ける。

 ――そのときだった。

 幸運の女神が、僕のもとに舞い降りた。

「フリック! 飾り付けは順調?」

「え? どうしたの、マーガレット」

 椅子の上に立ち、飾りを手すりの突起に引っ掛けていた僕の脇から、金色の頭がひょこっと現れた。

「イグノドームの仕事が終わったから、来ちゃった!」

「そうなんだ。えっと……」

 僕は反射的にルークさんの姿を探す。

 彼はまだスフェーンに乗り、知恵の樹の飾り付けに集中していて、こちらには気づいていない。

 僕は椅子から降り、本棚の影へとさりげなく移動した。

 向こうからマーガレットの姿が見えない位置取りだ。

「さすがイグノドームだね。みんな体力があって、仕事が早い」

「そうなの! 良かったら手伝うわよ。早く終わらせて、夕餉に行きましょ!」

 マーガレットも自習机の椅子を持ってきて、本棚に飾りを掛け始める。

 僕は作業を続けながら、次第に高鳴っていく心臓の音を、やけに大きく感じていた。

 ――言うなら、今しかない。

 普段はいつもライズが一緒にいるから、夜想の話はしづらい。

 今は彼も居眠りしているし、他の寮の生徒たちも離れた場所にいる。

 今しか、ないんじゃないか。

 そう思いながらも、どう切り出すべきかわからず、時間だけが無為に過ぎていく。

 僕は、淡く光る鉱石ランプの連なりを眺めながら――ふと、名案を思いついた。

「ねえ、マーガレット。ちょっと見ていて」

「なにかしら?」

 彼女の視線をこちらに向けてから、短いルオンを発声する。

「――“ティーロ”!」

 同時に、鉱石ランプのヒモを振り上げ、思い切り振り下ろした。

 カツン、カツン、と床や壁、鉱石同士がぶつかり合い、色とりどりの光が宙へと弾ける。

「わあ……すごい!」

 雪のような小さな光の粒が、僕たちの周囲をふわふわと舞い上がる。

 それは夏祭りの『送り火』を思わせる幻想的な光景で、マーガレットはうっとりと見上げていた。

「わたしにもできるかしら」

「できるよ。最近、ルオンもずいぶん上手くなったじゃないか」

「じゃあ、やってみるわ。“ティーロ”!」

 彼女が振り上げた鉱石たちも、軽やかな音を立て、同じように光の粒を生み出した。

「できたわ!」

「きれいだよ。すごく上手だ」

「ありがとう。ティーロに、こんな使い方があるなんて知らなかったわ」

 僕たちはくすくすと笑い合い、しばらく光を生み出して遊んだ。

 誰かに見つかるんじゃないかと内心ひやひやしていたけれど、幸運にも誰にも咎められることはなかった。

 ――今なら、話を始められそうだ。

 僕は自然なタイミングを待ちながら、静かに口を開いた。

「ねえ、マーガレット。今年の終年祭も楽しみだね」

「ええ。今年は神子が参加するから、去年よりも豪華になるらしいわよ。飾り付けだって、明らかに去年より多いもの」

「うん。ご馳走もきっと豪勢なんだろうね。楽しみだね……」

 絶対に楽しいわよ、と笑う彼女は、一点の曇りもない笑顔を浮かべていた。

 この様子だと、まだルークさんからは何も言われていない――僕はそう判断し、話を続けた。

「あのさ、マーガレット。夜想って知ってるかい?」

「夜想? なにかしら」

「終年祭の夜に、カップルがこっそり抜け出して、学内を散策することを言うらしいよ」

「ああ! 去年、ハーベストやバートが女の子とどこかへ出かけていた、あれね?」

 今年もあの人たち、ふらふら出歩く気なのかしら。

 せっかくイーノスがいるお祭りなのに!――と、彼女はひとりで憤っている。

 ……これは間違いない。

 まだ誰からも誘われていない。

 僕は、ほんの少し安堵して息をついた。

「それで? どうしてそんな話を始めたの?」

「その夜想だけどさ。もしマーガレットが、知らない人から一緒に行こうって誘われたら、どうする?」

「ええ? わたしを誘う人なんていないわ。バートじゃないんだから」

 マーガレットはケラケラと笑い、話題に飽きたように飾り付けを再開する。

 僕は焦り、思わず早口になった。

「あのね、噂で聞いたんだ。四年生の中に、マーガレットを気に入ってる人がいるって……。もしかしたら、その人が君を誘いに来るかもしれない」

「ええ? 四年生?」

 素っ頓狂な声を上げた彼女は、僕の真剣な視線を見て、冗談ではないと悟ったらしい。

 途端に、苦々しい表情を浮かべる。

「四年生か……。わたし、あまりそういう付き合い、得意じゃないの。急に来られたら、上手く断れないかもしれないわ。困ったわね……」

「断りたくても、断れないの?」

「ええ。相手の家の格が高かったら、言い方を間違えると面倒なことになるもの」

 ため息をつくマーガレット。

 その反応は、僕の予想とは大きく違っていた。

 好意を喜ぶか、きっぱり拒絶するか――そのどちらかだと思っていたのに、ここまで困惑されるとは。

「……あの、マーガレット」

「なに?」

「その……提案なんだけど」

「なにかしら」

 僕は一度、息を整えた。

「もし、『はっきり断れる理由』があったら、断りやすくならないかな」

「そうね。失礼にならない断り方が、すぐに思いつけばいいんだけど」

「……『先約がある』って言うのはどうかな?」

「うーん。嘘をつくのは苦手だけど、あらかじめ考えておけば……」

 ――今だ。

「いや、その……もし良かったらなんだけど。

 僕と一緒に夜想に行く、ってことにしてもらえないかな」

 言ってしまった。

 できるだけ自然に、何気ない提案のように言えたつもりだけど、どう聞こえただろうか。

 心臓が痛いほど速く打つ。

 マーガレットは、僕を見つめたまま固まっている。

 不味かった?

 前のめりすぎた?

 気まずい空気になったらどうしよう――。

 不安が胸の中で膨れ上がり、爆発しそうになる。

 早く、何か言ってくれ……。

 切実な気持ちで視線を合わせ続けていると、突然、彼女がぽん、と手を打った。

「それ、いいわね! それで行きましょう!」

 ぱっと笑顔を浮かべるマーガレットに、僕は腰が抜けるような安堵を覚えた。

「助かるわ。フリックくらいしか、わたしに付き合ってくれる男の子はいないし。ありがとう、フリック」

「い、いや……とんでもないよ。僕こそ、嬉しいよ……」

 ……少し、想定とは違ったけれど。

 ともあれ、うまくいったようだ。

 たとえルークさんや他の四年生が声をかけてきても、マーガレットは終年祭の夜を、僕と過ごしてくれる。

 じわじわと込み上げる喜びに、僕の口元は緩みっぱなしだった。

 仕事を終え、いつものように皆で夕餉をとり、にやつく僕を気味悪がるライズの声を無視しながら――

 僕は、この幸運な一日を終えた。

 次の日から期末考査が始まるというのに、気持ちは緩みっぱなしで、どうしようもない。

 結局、ほとんど試験勉強もしないまま、期末考査の朝を迎えることになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。