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【旧版】衰退世界の風見鶏  作者: 小柚
2年目
51/112

第十三章(3)

 ハックフォード先生の提案に、僕とコリウス先生は真剣に耳を傾けてしまった。

「アイビー・ブレガーを説得すべきです、コリウス。彼女は頑なですが、どこの貴族グループにも属さない貴殿には少しだけ心を許している。貴殿はアイビー・ブレガーが継承したクラフティクラフトの研究を、神子の安寧ために再開するよう説得する義務がある」

「…………」

「フリック・ラーベス。貴殿にも協力してもらいたい。神子は過去の記憶を取り戻させるよう誘導すべきだが、急激に事を起こしてはならない。貴殿は彼の精神を保護しながら、ゆっくりと記憶を呼び起こすよう努めてほしい」

「えっと、はい。わかりました……」

 彼は一方的に次のようなことも述べた。

「『大帝国の禁書』についてはアイビー・ブレガーの手元に置いておくほうが無難でしょう。彼女が神子のために動かないとしても、アレを盗み出して手元に置こうとするのは愚策です。決してそんなことは考えないでほしい」

「そんなことを考えるのはお前だけだ。心配するな」

「覚えておいてください。絶対にアレを盗み出してはならない。絶対ですよ」

 やけに強調するなぁ……。僕は呆れてしまったけど、その反面、『大帝国の禁書』への興味を強く植え付けられてしまったようにも感じた。

 ハックフォード先生が以前図書館の書庫で呟いたことを思い出す。

“クラフティクラフトの錬成方法を知りたいなら、探すのはここではない。”

 あれはこのことを示していたんだ。

 『大帝国の禁書』はすでにアイビー先生が閲覧注意図書から抜き出してしまっていて、あの場所にはないと彼は言いたかった。

 何故そんなことを“ドブネズミ”に吹き込もうとしたのか。

 それについて、この時の僕は深く考えようとしなかった。

「すまなかった、フリック。お前をあいつに会わせたくはなかったんだが、やつの言い分ももっともだと思ってしまったんだ」

 一緒に研究棟を出たとき、コリウス先生は僕にそう謝ってきた。

「私が独自に調査した結果では、聖地にも、風見鶏にも神子の仲間はいない。イーノスにとっては辛い現実だが、ゆっくりと受け入れてもらって、新しい仲間と新しい人生を作っていってもらいたいと以前の私は思っていた」

 眠っていても何も解決しない。永遠に現実から目を逸らし、幸せな夢を見続けるのもひとつの選択肢ではあるが、そんなイーノスを見ているのは辛い。

 どんな形でもいい、前を向いて欲しかったと先生は語る。

「だが、やつの言うように、過去を無かったことに出来るのなら、それに越したことはない。もし本当にそれが可能なら、私はその方向で動いてみたいと思っている」

「クラフティクラフトの樹状連晶を錬成して、聖地を元通りにするんですか?」

「それが理想だが、全てを元に戻すのは無理だろう。ひとりでもふたりでも、仲間を再生してやれたらと思う」

「僕も先生に協力したいです。どうしたらいいですか?」

「お前を巻き込むのは申し訳ないが、お前の助けを借りないと何も出来ないのも事実だ」

 先生は本当に申し訳なさそうに、僕に頭を下げてこう言った。

「イーノスのそばに居てやってくれ。あいつが前を向けるよう、あいつの気持ちに寄り添ってやって欲しい」

 どうすればいいかは、鈍感な私にはわからない。きっとお前が思う通りに行動した方がいいだろう。

 彼はそう告げて、僕の前から立ち去っていった。

 取り残された僕は、ぼんやりとしながらイーノスの元へ足を向ける。

「遅かったわね! 何の話をしたの?」

 六角塔の部屋で、イーノスとボードゲームをして盛り上がる友人たち。

 僕を見つけるなり、目を輝かせて問うマーガレットに苦笑いを返しながら、僕は彼らの輪に入るように座った。

「ちょっとね。ナナニ生のふたりの話を聞いていたんだ」

「コリウス先生と誰? レウィシア先生?」

「いや……」

 僕は言葉を濁して、先ほどの話のどこまでを彼らと共有すべきか思案する。

「僕たちはイーノスを元気付けてあげたらいいみたい。皆が遊んでくれて、すごく助かっているって言っていたよ」

「そうなの?」

「うん。今、コリウス先生たちが色々と話を進めようとしているから、僕たちはこのまま代わりばんこにイーノスの面倒を見よう」

 僕は全ての情報を共有しないことにした。

 だって、風見鶏が過去に怪しげな研究をしていて、その結果としてイーノスの仲間たちがバラバラに分解されたなんて話したら、皆が狼狽えるのは目に見えている。

 イーノスは大人たちを殺人犯だと思っているかもしれない。和解は無理だ。僕だって故郷の皆を殺されたら、犯人を許すことは出来ないだろう。

 どんなに良くされても、説得されても無理だ。和解は不可能だ。

 だから忘れていてもらわないといけない。忘れていてくれているうちに、修復できるものは修復しないといけない。

 もしイーノスが現状を正しく認識してしまって、人間に恨みを抱いてしまったらどうするんだ?

「僕たちの役割は重要だよ。イーノスが僕たちの世界に馴染めるように、全力を尽くそう」

 真顔でそう告げると、仲間たちは真剣な眼差しで頷き返してくれる。

 幸運にも、皆は僕にそれ以上の追及をしてこなかった。

 交代で食事に行き、ハーベストとバートは先に寮に帰った。残った僕たちも、ライズがうとうとし始めた頃に帰寮の決断をした。

「イーノス。明日のお昼にまたハーベストとバートが来てくれるはずだから、それまでここで待っていてくれるかい?」

「わかった」

 もう何度目になるだろう。一時凌ぎの約束を取り付けて、僕たちは部屋へと戻る。

 明日は二時限目から四時限目までぎっしり授業が入っているから、夜更かしをするわけにはいかない。

 僕は眠る用意を済ませ、ベッドに入る。流石に疲れていたから、僕の意識はストンと闇に落ちていった。


 年始に実家に帰った後くらいから、僕は奇妙な夢を頻繁に見るようになっていた。

 ライズをリーダーとして地下施設に隠れ暮らす集団の夢。暑くて瓦礫ばかりの街を、マーガレットと探索する夢だ。

 それは、奇妙なだけで特に悪夢と悩むほどのものでもなかった。僕は大して気にすることもなくその夢を受け入れ、むしろ毎晩楽しみにしていたようにも思う。

 だけど、この日の晩に見た夢は、全く違う系統のものだった。

 僕はどこか知らない土地で、たくさんの仲間と暮らしていた。

 ある日、突然視界が塞がれる。真っ暗で何も見えない。何故だか身動きも出来なくて、手足の無い芋虫のように蠢くことしか出来ない。

 そんな時間が長く続いた後、急に視界が晴れる。

 白い天井と白い壁。やっぱり身動きが取れなくて、僕は不安げに周囲を見渡す。

 僕の視界に入ったのは、金具に固定された僕の腕だ。

 その腕には杭が数本刺さっていて、黒いマントを被った人間が何人もその杭の回りに立っている。

 やがてその中の一人が、ノコギリのようなものを持って腕のそばに立つ。

 そして僕の腕の肘辺りに刃を当てて、ギコギコと嫌な音を立て始める。

「…………!!!!」

 声無き悲鳴を上げて僕は目を覚ました。全身から汗が噴き出している。

 夢の中で斬られていた場所が痛い。僕は右腕の肘の辺りを抱えてベッドの上をのたうち回った。

「痛い、痛い、痛い……」

 うずくまって痛みに耐える。真っ暗な部屋の中、目を凝らして腕を見ると、肘の辺りにぐるりと赤い線が引かれたように傷があり、そこが酷く痛む。

「痛い、痛い、痛い…………」

 僕は何が起こっているのかわからないまま気を失ってしまったらしい。

 気が付くと朝になっていて、痛みも傷もすっかり消えてしまっていた。

 イーノスはこのところすっかり大人しくなり、夜中に勝手にうろうろすることもなく、僕たちはこの数日の間安心して部屋に帰れたわけなのだけど。

 僕は毎晩のように悪夢を見て、痛みの発作を起こすようになった。

 痛む部位は毎回違った。右腕の日もあれば、左腕の日もあり、右足の日もあれば、左足の日もあった。

 朝になれば痛みは引いていたから、仲間たちにその困った状況を相談することもなかった。

 ただ、僕は段々と眠るのが怖いと考えるようになる。

 眠ると発作がくる。痛みで叩き起こされる。全く眠れた気がしない。それなら初めから眠らない方がいいんじゃないか。

 一週間ほどそんな日が続き、ある日ついに僕は眠ることを諦める。

 一晩中イーノスとゲームをして過ごすことを告げると、マーガレットは驚きの声をあげた。

「寮に帰らないって本気? いくらイーノスが心配だからって、それはやめた方がいいんじゃない?」

「たまにはそんな日があってもいいんじゃないかなと。ほら、明日は紫陽日で為政学Ⅱしか授業はないし」

 マーガレットはしばらく反対意見を述べ続けたけど、僕の意思が固いことを理解して諦めてくれた。

 ライズはその間ずっと眠そうな目を僕に向けていた。彼はマーガレットが引き下がるタイミングを見計らって、ポツリと言葉をこぼした。

「眠れないの?」

「え? うん、ちょっとね」

「眠らないのは良くないよ。規則正しく寝て、ご飯を食べないと、頭がおかしくなっちゃうよぉ」

 彼はふわぁと大アクビをひとつしてからこう続けた。

「眠れないなら、ノギスかサファーに相談してみたら。きっと眠れるようにしてくれるよ。きっと」

「えっ……? そうなんだ。わかった、そうしてみるよ」

 どうして突然そのふたりの名前が出てきたのか。僕は戸惑いながらも、適当な返事をしておいた。

 彼らが部屋を去ってから、ふと考える。そういえば、サファー先生はライズの主治医だと言っていたっけ。もしかしてライズは昔、不眠症を患っていたのだろうか。

「フリックは帰らないのか?」

「うん。今日は朝まで君と一緒にいるよ」

「本当か?」

 僕が頷くとイーノスはパッと笑顔になり、ボードゲームの山からお気に入りの『モノクロ』を持って駆け寄ってきた。

 このゲームはルールが単純だから、頭を使うのが苦手な僕たちにはちょうど良かった。

 円盤をひっくり返すパタパタという音が心地よくて、勝敗なんて関係なく楽しむことが出来る。

 しばらく無心でゲームを進めていると、イーノスがふと手を止めて声をかけてきた。

「フリック、少し元気がないな。どうした?」

「え? そうでもないよ」

「元気がない。俺様にもわかる。誤魔化すな」

「…………」

 そうか。僕はそんなにも疲労が顔に出てしまっているのか。

 判断力が弱まっていたのだろう。僕はあまり悩むこともなく、胸の内を吐露し始めた。

「怖い夢を見るんだ。毎日毎日……怖くて飛び起きて、良く眠れないから体調が良くない」

「怖い夢? どんな夢だ?」

「変な夢なんだよ。急に目の前が暗くなったと思ったら、どこかに運ばれて……。ベッドみたいなところに手足を固定されてさ、ノコギリで斬られるんだ」

 僕はそこまで言ってしまってから、ハッと我に返る。

 こんな話をして、イーノスが仲間の部品を目撃した記憶を呼び起こしたらどうするんだ。

 僕は恐る恐るイーノスの様子を窺う。彼はポカンとした表情でしばらく僕を見ていたけど、急にニコッと笑みを浮かべて言った。

「そういう夢は俺様も見るぞ。一緒だな!」

 僕は驚いた。驚きすぎて何も言えなかった。その間イーノスはパタパタと円盤を返しながら、のんびりと発言を続けた。

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