第十二章(4)
「まあ、そうなんだけどさ。落ち着いてよハーベスト……」
「フリック、君は友達を選んだ方がいい。こいつは最悪だ! こいつがここにいたら、神子のためにならないぞ」
「落ち着いて、ハーベスト。わたしも彼のことは完全に信用しているわけじゃないわ」
えっ、そうなの? 僕は驚いてマーガレットを見た。いつも仲良くじゃれているのに、実は信用してなかったの?
僕はライズを見る。特にショックを受けている様子はないけど、不快そうに顔をしかめている。
マーガレットは続けた。
「でも必要なの。この集まりに“ライズ・ブレガー”は必要よ。わたしたちが知らないことを彼は知っている。情報提供してもらわなきゃ困るわ」
……確かにそうなんだけどさ。僕は困ってしまった。
ライズが何かを知っていて、僕たちに教えてくれないのは事実だ。だけどそれは僕たちに言う必要がないから言わないだけで、決して意地悪をしているとか、背後で誰かに命令されているからじゃない。
僕は秘密を持っているライズを非難する気はないし、それを理由に信用しないという考えもない。
多分、それを気にし始めたら、ライズは友達で居てくれなくなるだろうという予感もしていた。
予想通り、不信の目を向ける彼らに辟易としたように、彼は立ち上がる。
「別にぼくは神子に興味がないから。勝手に巻き込まないでよね。きみたちだけで進めてよ」
「あっ、待ってよライズ……」
僕の引き止めも虚しく、その場を去ろうとする彼。
困ったなぁ。困ったぞ。僕の頭が真っ白になっているとき、意外な人物が大声を上げた。
「逃げるのか? 君はズルいぞ。二枚舌だ! 自分が言ったことに責任を取れよ!」
ピタリと足を止めるライズ。そんな挑発をしたのはハーベストだった。
彼は肩を怒らせて、鼻息荒く言葉を続ける。
「以前君は俺のことを馬鹿だと言ったな? そっくりそのまま返してやるよ! 君は物事の本質を見ようとしない馬鹿だ!」
ストレートな悪口はさすがのライズでも堪えるらしい。彼はこちらに向き直り、ハーベストを斜に見下していた。
「どうして隷農の子供には慈悲を与えるのに、神子は放置できるんだ? 同じだろう。国の体制の歪みによって置いてけぼりになったかもしれないなら、同じだろう!」
確かにそうだ。僕はハーベストの主張に納得しつつ、ライズを見た。彼はどう返すつもりだろう。
何も言い返せないだろうと思った。今回はハーベストに分がある。僕はそう思っていたのに、ライズは深いため息をついてこう宣った。
「本質がわかっていないのはきみだよ。そいつ、人間じゃないからさ……。ぼくたちの価値観でそいつを測らない方がいい」
「ちょっと、なんてこと言うの! 可哀想じゃない!」
マーガレットまで争いに参加する。ライズはとても面倒くさそうに答えた。
「そいつは人間じゃない。生き物ですらないかもしれない。そういうものを人間のように扱うことがどんなに危険かは、いつか考えた方がいいと思うよ」
「…………」
場内が静まり返る。ああ、なんてややこしいことになったんだ。
僕はイーノスが心配になって、彼を見た。何故みんなが怒っているのか理解していないらしい。キョトンとした顔で周囲を眺めている。
その隣に座っていたバートが、急に一方を指差して口を開いた。
「あ、あのゲーム知っているよ。『六芒星』っていうんだ」
彼は徐に立ち上がり、壁に積み上げられたオモチャの中から、六つ角が突き出た星の形をした木箱を拾い上げて持ってくる。
「ちょうどここには六人いるね。やろうよ。せっかくだし」
「…………」
にらみ合いをしていた三人は、バートの提案に呆気にとられている。
良くも悪くもマイペースな彼は、その場の空気を無視してカードを六方に配り始めた。
「勝手に進めないでよ、バート。そんな雰囲気じゃないでしょ」
マーガレットが諌めると、バートは落ち着いた声で淡々と反論した。
「負けるのが嫌なの? やりたくないなら別にいいよ。その場合は、僕の不戦勝にするけどね」
「…………」
すごいな。僕は素直に感心した。
ハーベストやマーガレットの陰に隠れて、これまであまり印象に残っていなかったけれど、バートは想像以上に肝が据わっている。
熱くなりやすい姉や友人たちを宥め慣れているのだろう。あのライズですら、気づけばバートのペースにすっかり飲み込まれていた。
「ほら、座って。ブレガーくんも座って。早くしないと、始められないでしょ」
「…………」
半ば強引に全員を座らせ、バートはカードを押し付ける。
三角形をした不思議なカードを手にして、イーノスは目を輝かせていた。
「このゲームは、とても簡単だよ。今、四枚ずつカードを配ったよね。裏は全部黒だけど、表にすると三枚だけ色が違う」
僕は手元のカードを裏返す。
青が三枚、白が一枚。
ライズは橙、ハーベストは紫、マーガレットは黄色、イーノスは赤、そしてバートは緑のカードを持っていた。
「みんな、白いカードが一枚だけあるでしょ。この四枚は、自分にしか見えないように持っておいてね」
バートは箱の蓋を、僕たちが作った輪の中央に置いた。
それは六芒星の形をしていて、内側に六つ、外側に六つの三角が、直線で区切られていた。
「まず、この外側の三角に、一人ずつカードを伏せる。色付きでも、白でも、どっちを置いてもいい」
バートは手本として自分のカードを置き、隣のイーノス、さらにマーガレットへと順番に促す。
ハーベスト、ライズ、僕が置き、再びバートの番が回ってきた。
「二周目からは、二つの選択肢がある。もう一枚カードを伏せるか、それとも勝負するか」
バートはそこで一拍置き、こう続けた。
「勝負するときは、数字をひとつ言う」
彼は「三」と宣言し、イーノスに手番を渡す。
「この数字は、僕が伏せられたカードを何枚捲るか、って意味なんだ。僕が三枚捲って、全部が色付きのカードだったら、僕の勝ち」
バートは、イーノスが取れる選択肢について説明した。
「僕が三枚捲るためには、ぐるっと一周して、他に勝負する人がいないことを確認しなきゃいけない。イーノスは、パスをするか、僕より大きい数字を言って勝負に参加するかを選べる」
今の場には六枚のカードしかない。
三を超える数、つまり四から六の間を宣言することができる。
「勝負する」と宣言した人の中で、いちばん大きな数字を言った人が、実際にカードを捲る役になる。
「これは練習だから、今回はみんな勝負しないでね。じゃあ、まず僕が自分のカードを捲る」
バートが捲ったカードは、緑色だった。
「あと二枚。好きなところから捲るよ」
彼は僕の前のカードを捲る。青。
続いてマーガレットの前のカードを捲る。黄色。
「これで僕の勝ち。勝った人は、自分の色のカードを中心の三角に置いて、一回勝ったことを示す。外側に置いたカードは手札に戻して、もう一度最初からだ」
もし勝負の途中で白いカードを捲ってしまったら負け。その場合は、手札からランダムで一枚を箱に捨てる。
誰も勝負を宣言しなければ、外側の三角にはどんどんカードが伏せられていき、捲れる枚数の上限が増えていく。
ただし、勝負をするときは、必ず最初に自分のカードを捲らなければならない。だから、自分の場所に白を置くと不利になる。
「誰かが二回勝つか、他のみんなの手札がなくなったら、残った人の勝ち。わかった?」
イーノスは素直に頷いた。
僕以外は、おそらく経験者なんだろう。ハーベストが六面に六色の星が描かれたサイコロを振り、最初の手番を決めた。
ただのゲーム。けれど、これはれっきとした勝負だ。
僕とバートを除く全員が、目に見えて闘志を燃やしている。
みんな、負けず嫌いなんだな……。
勝負をしたがるイーノスとマーガレットは、白を絶対に自分の場所に置かないから、すぐに見抜かれてカモにされる。
ハーベストとライズは、勝負の枚数を吊り上げて相手を牽制しようとして、逆に自分が引っかかる失敗ばかり繰り返していた。
淡々とプレイする僕とバートだけが、勝ちも負けもせず、手札四枚を保ったまま後半戦に突入する。
マーガレットとイーノスの手札が一枚に減ったころ、バートが突然、勝負を仕掛けた。
「僕の勝ちだね」
勝敗はあっという間についた。
四人を互いに潰し合わせてから、最後に勝利を掠め取る――見事な戦法だった。
「もう一回やろう!」
「もう一回よ!」
目をぎらつかせた四人は、奪い合うようにカードを定位置に戻し、サイコロを振り始める。
熱くなればなるほどバートに勝てないことを彼らが学習するまでには、三試合ほど必要だった。
三試合すべてに勝利したバートは、カードを片付けながら、何でもないことのように言った。
「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
本題って、何の話だっけ――そんな空気が、一瞬だけ場をよぎる。
おいおい。
こんな場所に、ボードゲームをしに来たわけじゃないだろう。
「みんなで色々考えて、神子を助けようという集まりなんだよね?」
僕がそう確認すると、マーガレットとハーベストは、今思い出したかのように懸命に頷いた。
「そうだ。俺たちのご先祖様も含むアスティリアの国営党員が、神子様に不義理を働いているらしいと聞いて、黙っていられなくなった」
「たとえ国のためだとしても、神子をここに閉じ込めて不安にさせているのなら、それは許されることではないわ」
うわあ。正義感の塊みたいなふたりだ。ものすごくやる気になっている。
僕は彼らを刺激しないよう、言葉を選びながら話し始めた。
「協力してくれるのは嬉しいよ。ありがとう。だけど、ふたりとも分かっていると思うけど……これは、いわゆる“やぶ蛇”なんだ。ハーベストの親戚が変死したって話にも、通じるかもしれない」
「分かっているよ。心配するな」
「下手をすると、また死人が出るかもしれない。この機会に、ちゃんと話しておくけど……」
僕は神妙な顔をして、ロイドさんの話をした。
彼が“退学”ではなく、“消滅”したということを、理解してもらわなければならない。
イーノスと関わることは、思っている以上に危険なんだ。
僕は、あえてあの“ゼリー事件”を、少しショッキングに語った。
さすがに刺激が強すぎたのか、みんな顔を青くして、あたふたとし始める。
「えっ、不敬罪? そんな恐ろしい目に遭うのか? さっき俺、ゲーム中に不敬なことを言ってしまったけど……」
「言ってたね。馬鹿とか、間抜けとか」
「申し訳なかった! つい、熱くなってしまって……!」
必死に土下座をする彼を見て、ポカンとするイーノス。
もしかして――イーノス自身は、自分のゼリー化能力について、自覚がないのかもしれない。
「イーノスを傷付けようとしなければ、大丈夫だと思うよ。だけどさ、問題なのは……この事実が、思ったほど知られていないことなんだ」
「というと?」
「神子を崇める勢力は、たぶんこのことを知っている。だから神子を大切に、ここに隠したんだ。でもロイドさんが属している勢力は、この能力を知らない。何か不都合があって神子を消そうと目論んでいるけど、それを誰かが実行したら……死人が出てしまうんだ」
「…………」
「なぜ神子を消そうとしているのかは分からない。でも、そういう人たちを神子に近付けたら、ゼリーになって死んでしまうかもしれない。それって、良くないよね。イーノスだって、そんなことは望んでいないと思う」
僕はイーノスを見た。相変わらず、ポカンとしている。
もし理解していないのなら――このまま理解しないでいた方が、いいのかもしれない。
僕はあえて彼から顔を逸らして、話を続けた。
「だから僕たちは、そういう人をイーノスに近付けないようにしないといけない。それが、まず第一だと僕は思っている」
「なるほど、確かにそうだ」
ライズを除く三人は、深く頷いて同意してくれた。
「他にも、気にしないといけないことはある?」
バートの問いに、僕は少し考えてから答える。
「僕たちがやるべきなのは、どうして神子がここに隠されることになったのか、その経緯を解明することだと思う。事情が分からないと、僕たちには何もできない。何か、やむにやまれぬ事情があって……大人たちは、こうしているのかもしれないよね」
三人は頷いた。
きっと、そうであってほしいと願っているのだろう。
彼らは国のお偉いさんの子供だ。
親や親戚が率先してイーノスを隠していた可能性だってある。身内に非があるなんて、考えたくないはずだ。
「神子は、故郷に帰りたがっていると聞いたが……故郷に返す努力は、しなくてもいいのか?」
「それは、謎の解明をしてからでも遅くないよ。僕たちの勝手な判断でしていいことじゃない」
僕の説明を聞いて、ハーベストたちは安堵したような表情を浮かべた。
「分かった。フリックの考えに従おう。なんでも協力するから、言ってくれ」




