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小さな花売り娘の秘め事・1

 道の向こうに立つ男性は、この辺りの人より少しばかり肌が浅黒かった。外で働く人の夏の色だ。


 離れていてもわかる形のよい眉。濃い睫毛は陰を作り、彫りの深い顔立ちは人目をひくと思われるが、外套の衿を立ててつばのある帽子を目深にかぶっている今は目立たず街にとけこんでいる。


 しばらく前から、動きを目で追われているとリリーも気がついていたけれど、嫌な感じはしない。


 だから気にしないようにつとめ、花を売る場所を変えなかった。



 まだ寒くても日差しが春の近さを予感させるこんな日は、花が売れる。


 一段落ついて、どこかでお昼を食べてからもう一度花を仕入れようと思うところに、男が道を渡ってきた。


 花を買うか、何か聞きたいかだろう。リリーはそうあたりをつけた。少し迷うそぶりがあったから。


 足を止めてまっすぐに男性を見た。身長差があるぶん顔が見やすい。

 がっしりとした体格の二十歳にもなっていないようなお兄さんだ。



「久しぶりだな、ちび。探したぞ」

すぐ隣まで来ると、そう言って白い歯を見せた。


――チビ。たまに呼ばれる。でもチビと親しげに呼ぶお兄さんに心当たりがない。


 こんなさっぱりと明るい感じのお兄さんが花を買ってくれていたなら、覚えていそうなものだけど。


リリーが少し困っているのが相手に伝わったらしい。


「なんだ、分からないのか。ま、そういうオレだってお前に声をかけるまで散々迷ったんだから、ヒトのことは言えねえか。病気の母さんは、まだ生きてるか」


 ひどい事を言う、と思いながらも何となく記憶に引っかかる。


 リリーはじいっと見慣れない顔を見つめた。髪は黒、目は大きくはっきりとしていて瞳も黒。眉間にはうっすらと、あるか無いかの傷跡。


「あの時のお兄ちゃん! 生きてた」


 ようやく思い出して叫ぶリリーに、男性が「ははっ」と笑った。


「『生きてた』は、ねぇだろ。あの時だって、くたばるほど酷くは無かっただろうが」


 そうは言っても、所々が破れたシャツを着て額から血を流した人が裏通りの物陰でうずくまっていれば、死にそうにも見える。



「お兄ちゃん、お父さんの国に行ったんじゃなかったの? ずっとここにいたの? もうケガは痛くないの? 手はふつうに動く?」


 次々と尋ねるリリーに、まあ待てと両手で押しとどめながらも順に答えてくれる。


「一気に聞くなよ。親父に会って今は向こうで暮らしてる。ここへ来るのはあれ以来だ。また、すぐ国に戻る。あと……なんだ? ケガはすっかり治ってどこも悪くない、これでいいか」


リリーは、ほうっと安堵して花籠を抱え直した。


 あのズタボロの日も笑った顔は陽だまりみたいだったけど、今日の大きな笑顔はあの時と違って強がっている感じもない。


「まあ、ここで立ち話もなんだから、どこかで昼でも食うか。まだなんだろ」


聞かれてリリーは頷いた。


「どっか気楽な店へ連れてってくれ。案内賃に昼ぐらいおごってやるよ」


 それなら市場で買って、教会の裏で食べればいい。二人は連れだって歩きだした。


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