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花売り娘ネズミになる・1

リリーは満足していた。


 お湯を使ったけれど湯舟は使う前と同じくらいキレイに洗った。


 濡れたバスローブは、暖炉にあたっていれば髪と一緒に乾く。明日、着ていないみたいに上手に畳んでおけば、使ったなんて誰も思わない。


 あとは……甘くて柔らかくておいしいパンを見たらガマンできなくて、ひとつ食べてしまったけど、いくつもあるのだから一個くらいなくなってもきっと分からないと思う。


 おじ様ならバレてしまう。でも昼間お掃除に来るのは別の人。なら一つ減ってもきっと気にしない。




 そう都合よく解釈したリリーは、いつもエドモンドが腰掛けている肘掛け椅子の座面に顔を伏せた。暖炉に背を向けていると、ほこほこと暖かく気持ちが好い。


 今夜は母の客もなく家にいられる日ではあるが、昨日に続いて今日もここへ来てしまった。



 雪の降る日に火の気のないリリーの家に来る物好きな客はいない。母は夕方から寒さしのぎに飲みはじめ、ぐっすりと眠り込んでいるので明日は昼まで目を覚まさないはずだ。


 自分ひとり申し訳ないと思いつつ家を抜け出したリリーは、大好きな暖炉の側にいた。雪は全然好きじゃないけど、雪の日の暖炉は幸せが増す気がする。



――坊ちゃまは忙しい。毎日来てもらうのは悪い。なのでリリーなりに色々考えた。


 鍵箱を開けて鍵を取り出すと坊ちゃまに伝わる。鍵の代わりに何か他のものを入れたらいいのじゃないか。


 鍵箱を触ってさわって。鍵を見ていじりまわして、考えて考えて。同じくらいの重さの太い釘ならかわりになりそうだと思いついた。


 金物屋で買った釘に「ホントはカギ、クギはカギ、鍵といったら鍵になる」と言い聞かせて、撫でてさすって一緒に寝て。釘に鍵だと思わせた。



 それで先週、一度試してみた。

鍵箱を開けていそいで「育てた釘」と鍵を入れ替えて、お家に入った。


 二時間いて暖炉で暖まりながらクッキーを一枚かじって、鍵と釘をまたいそいで取り替えた。

 ドキドキしたけれど、次に会った時に、坊ちゃまもおじ様も何も言わなかった。


 坊ちゃまには別のおうちがあって、ここへは自分が来るときしか来ないと知っている。


 いつも食べさせてくれるし遊んでくれるけれど、お仕事が忙しいのは、聞かなくても膝の上にいると分かることがある。




「長く付き合おうと思ったら、お互い無理はダメだね」

「負担が大きくなりすぎると男は逃げ腰になるからね」

「それで女がすがり付くと、男は増長するか逃げ出すかのどっちかだ」


 娘が男と別れた、と話す市場のおばさん達の会話に思うところがあった。



 坊ちゃまは無理をしているかもしれない。負担というなら、お金も何もかも坊ちゃまばっかり。


「ゾウチョウ」は分からないけど「逃げ出す」は分かる。坊ちゃまに逃げ出されたら、甘いものも暖かい部屋も全部なくなって元の生活だ。優しいおじ様にも会えない。


――何より坊ちゃまがいなくなるのは困る。


 というわけで、リリーは坊ちゃまの負担を減らすべく、こっそりと隠れ家へと侵入したのだった。


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