カラスからヒヨコを守る法・1
先に学校を出た友人が通りに立って様子を窺っているのを見つけたエリック――家令ロバートの息子――は、「この先に何かあるの」と後ろから声をかけた。
振り向いた友人は安堵感をにじませたものの、難しい顔をしている。
「さっきからリリーちゃんがオジサンと話してるんだけど、金を渡されて返そうとしての繰り返しなんだ。おかしくないか?」
言われたエリックが注視すると、少し先で男性の手に硬貨を返そうとするリリーの姿があった。声までは聞こえない。
「で、手を握られて慌てての繰り返しなんだよ」
大人の男とリリーの間に割って入るのもためらわれたのだろう友人が、腹立たしげにする。
家路を急ぐ人々は花売りのことなど、気にしない。
見守る友人の目が見開かれた。リリーがぐいぐいと腕を引っ張られ脇道へと引きずり込まれそうになっている。抵抗して足を踏ん張っているが、大人の男にかなうわけもない。
「エリック! よくないよ」
言われなくとも見たら分かる。エリックは駆け出した。
「きみ!!」
エリックは男性ではなく、その背中越しにリリーに声を掛けた。困った時に浮かぶキレイな笑顔はなく、表情が抜けたようになっている。
嫌な顔をするまいと思うとそうなるのだろうけど、もっとハッキリと意思表示をすべきだとエリックは思う。目があったリリーが瞬時に泣きそうな顔になる。
煩わしげに舌打ちする男に目もくれず、エリックは声を低くして聞いた。
「君は何歳なの?」
「十一です」
なぜ今? と思ったはずなのに、それでもリリーからきちんと返事があった。ならばと告げる。
「ダメだよ、十三になるまでは。子供が男の人に『サービス』や『色恋を仕掛ける』と、金銭のやり取りの有無を問わず、君じゃなくて紳士が罰せられるように法律が変わったんだ。今月から施行されたから知らなくても仕方ないけど――君の行動によっては紳士を犯罪者にしてしまう」
腕はまだ掴んだままだが、男の肩がピクリと動くのが分かった。
全く紳士には見えない男を「紳士」と呼び、男が無体を働いていても「リリーが誘いをかけた」に変えた。大人の体面を保てるよう気を遣ったけれど、子供の自分に思い付くのはこの程度で、これ以上は無理だ。
「……そういうつもりじゃなかった。誤解をさせてしまって、ごめんなさい」
しばらくの膠着状態を経て、リリーが謝る。
自分が言っておきながら「本当は悪いのはリリーじゃない」と、エリックは心が痛んだ。
「お花、二つでも三つでも、もうこの時間なので良かったら持って行ってください」
丁寧にリリーが口にして、まだ腕を掴んでいる男の手に指を添えた。
「お好きなお花が無いのなら、お金をお返しします」
下から真っ直ぐに男を見つめる。そんな事をしたら逆効果だとハラハラするエリックの前で、男は予想外にも少し恥じたような顔をした。
「あ――無理を言ったな。花はひとつでいい。釣りはとっといてくれ」
言って花籠から自分で花束を取り「子供は早く帰れ」などと言い捨てて逃げるように去っていくが、それほど嫌な感じはない。
うまくいって良かったと胸を撫で下ろしたエリックは、リリーを見て慌てた。
「――エリック……」
目に涙が盛り上がり、いまにも零れそうになっている。キツイ言い方が良くなかったに違いない。
父に聞くところによると、リリーは泣き出したらなかなか泣き止まないらしい。
「あ~っ。泣かないで、リリー!」
エリックの叫びが響いた。




