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ひよこのワルツ・1

 家令ロバートが買い物から戻ると、珍しく屋敷内にピアノの音色が響いていた。


 「隠れ家」とエドモンドが呼ぶこの家は、音楽家の持ち家を買い取ったもので、以前の住人が置いていったピアノはそのままエドモンドの物になっている。


 正解なリズムで感情ののらない弾き方はいつものエドモンドである。



 貴族子弟は皆、音楽教育を受ける。教養としてひとつは、人に聞かせられる程度に演奏できる楽器があるものだ。


 弟のタイアン殿下はバイオリンを得手とし、それはそれは情感たっぷりに奏でる。

 対してエドモンドは必要とあればピアノを弾くが、子供に教える音楽教師さながら、正確だけれど面白味のない演奏をする。


 あえてそうしているのだろうとロバートは思っているが、本人に確かめた事はない。



 三階にある音楽室のドアは開け放たれているようで、二階にいるロバートの耳に音とは別に話し声が聞こえる。


「今のは『踊る少女』だ。これから弾くのが『花のワルツ』。どちらも子供が習う曲だ。弾けるようになれとまでは言わないが、耳にした時に曲名が思い当たるようにはしておけ」


 ゆっくりと言い聞かせる話し方は、異能で知識を与える時のもの。


 膝の上に乗せて弾いて聞かせてやっているうちに、リリーが寝てしまったのだろう。

何とも効率のよい、また贅沢な学び方だ。


 リリーに覚えさせるためにエドモンドは、普段よりも一音一音丁寧に弾いている。


「一度しか弾かない。今日で覚えろ」


――厳しくはあるらしい。

ではお目覚めのお茶の準備でも。ロバートは佇んでいた階段下を離れ居間へと向かった。




「クリームが落ちる」

思わずといった動きで、リリーの膝の上に落下するクリームにエドモンドが手を伸ばした。


 間に合ってうまく指先に乗る。

その指をリリーが舐めようとするのをかわして、エドモンドが自分で舐めた。


「ああっ」

リリーが悲痛な叫びを上げる。

「私のクリームなのに、坊ちゃまヒドイ」


「落とした時点でもはやお前のものではない」


 冷たく口にするエドモンドを、大人げないと思うロバート。

 いつものように二人隣り合わせに座っているが、今日はリリーがナイフとフォークを自分で持っている。練習らしい。



 それにしても、指先はナプキンで拭うもので、若き主が舐めとるところなど見たことがない、と怪訝に感じたロバートは、ひとつの結論を導き出した。


 ナプキンで拭き取れば、そのクリームのついた部分をリリーが狙う可能性はゼロではない。

エドモンドはそこまで考えたのだろう。


 ただ単にリリーの悔しがる顔を見たかったわけではない―――たぶん。



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