貴公子は「人形」を部屋に持ち込む・6
口が過ぎたかと思うロバートにエドモンドが続ける。
「では遊んでもらえる内に存分に構うとしよう――下がってよい」
そうなさいませ、では失礼を。言ってロバートは再度エドモンドに目を向けた。
リリーを抱えている主は、異能を使ってこれから部屋での注意事項をリリーに落とし込むのだろう。
見慣れた光景はロバートには微笑ましいばかりだが、貧民街の子供を宮へ入れたと知られれば大問題になる。
「ロバート、案ずるな。これは人形だ」
読んだかのようにエドモンドが口にする。
「失礼いたしました」
頭を下げると今度こそロバートは部屋を出た。
エドモンドが新年最初の行事から急ぎ部屋に戻ると、リリーの姿はなかった。
「どこにいる」
呼び掛けにエドモンドの文机の下から、ひょっこりとリリーが顔を出した。
「――そこを巣穴にしたのか」
近寄り覗いてみると、クッションをふたつ持ち込み過ごしやすいようになっている。
直に堅いところに座るなと何度も言い聞かせての妥協案がクッションだ。
「坊ちゃま、お仕事は終わった?」
「いや、この後は昼食会だ。お前に食べさせたらまた出る」
言ってエドモンドは手に持った皿のパイを示す。
顔だけを出していたリリーは、甘い香りにつられて机の下から這い出した。
「時間がない。口を開けろ」
フォークを片手に迫るエドモンドに、リリーが抵抗する。
「なら一人で食べるわ。坊ちゃまはお仕事に戻っていい」
「つべこべ言わずに口を開けろ。でなければ片付ける」
言い終わらないうちにエドモンドのフォークにリリーが噛りついた。
「本来ならばもう少し遅い時期に食べる菓子だが、その日にちょうどお前がいるとは限らないからな。作らせた」
「……おいしい」
「甘ければお前は何でも美味しいのだろう」
からかうエドモンドは明らかに機嫌がいい。
また一口分フォークに刺してリリーに向ける。
誰も入室しないようエドモンドとロバートしか持たない鍵を掛けて出ているので、心配する必要はないのに、誰かに見つかるのを恐れてリリーは机の下に隠れて過ごしている。
部屋の外では時折話し声もするし、リリーとしては少し落ち着かない。
いつものおうちで坊ちゃまと二人がいい。おじ様と。思うリリーにエドモンドが片頬を緩める。
「目立たない時間になったらいつもの家に行く。帰るのは明日の朝にしろ」
リリーはうなずいた。やっぱり坊ちゃまは優しい。言った方が坊ちゃまが喜ぶとおじ様は言ってた。
恥ずかしくても本人に言う方がいいんだろうか。あれこれと小さな頭で悩むリリーを急かすことなく、エドモンドは口にパイを運んでやる。
「私にこんなことをさせるのはお前だけだ」と煩わしげに言いながら。




