貴公子は「人形」を部屋に持ち込む・4
夜更けである事と離宮には使用人が少ないこと、そして年明け初日の明日大公宮殿で行われる行事の準備へと、人を出しているのも都合がよかった。
「人形」か「樹」を抱えた宮の主エドモンドは、誰にも見られずに自室へと着いた。
行き合う人があれば「家令であるロバートが抱えればいい」と思ったかもしれないが、エドモンドの方が若い上に身体系の特殊能力持ちである。
精神系と身体系の能力を併せ持つことは不可能。通説ではそう言われているが、セレスト家は不可能を可能にしている一族だ。
十歳の子を抱えて長く歩くには覚悟のいるロバートよりも、エドモンドが抱いた方が遥かに理にかなっている。
エドモンドに教えられた浴室の使い方に、私室も入っていたらしく、途中途中でロバートを呼びながらもリリーはどうにか一人で入浴した。
「温まりましたか」
聞くロバートに、コクリとリリーが頷いた。
浴室からは水音がする。リリーに先に湯を使わせたエドモンドが入浴中だ。
「坊ちゃまのおうちなのに、坊ちゃまより先には使えない」と言い張るリリー。
それに対して業を煮やしたエドモンドが「なら一緒にはいるか」と口にした。
少し考えたリリーに「そうする」と返され言葉に詰まるエドモンド。
「ですから――子供に冗談は通じないと以前も申し上げました」と小言を口にした事を、リリーの髪をタオルで拭きながら思い返すロバート。
「とにかく湯に入れ。入らないと後の予定が詰まる。お前が湯に入らないことには、何も始まらん」
言い放つエドモンドの勢いに恐れをなしたリリーが浴室へ飛び込み、その後エドモンドが入浴して今だ。
普段エドモンドが生活する豪奢な部屋に運び込まれた「動く人形」はあまりに不釣り合いだが、その違和感が可愛らしいことこの上ない。
部屋が広すぎて落ち着かないらしく離れようとしないのも、ロバートから見ればいじらしい。
「おじ様」
リリーがずっと握ったままのロバートの上着の裾を引く。
調理場から幾つか持ち出したカナッペをリリーのために小皿に盛りなおす手を止めて、ロバートは膝をついた。
さすがにこの部屋には子供用のバスローブはなく、エドモンドのシャツを着せている。初めて湯に入れた日と同じ格好だ、とロバートは目を細めた。
「何でしょう」
いつも湯から上がるとリリーは大人しい。潤んだ瞳でロバートをまっすぐに見つめる。
「わたし、坊ちゃまが好き」




