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薔薇の香りに虫はたかる・1

リリーには困りごとがある。


 最近大人の男の人に「綺麗な髪だね」なんて触られる事が増えた。頭を撫でられるのとは、感じが違う気がする。


「いい香りががする」と髪に鼻をくっつけられるのは、正直あまりいい気分じゃない。


 坊ちゃまが櫛でといてキレイにしてくれるのは少しも嫌じゃないのに。坊ちゃまには良くて他はイヤだとか思うのは、良くないんだろうか。


 この香りは大好きだけど、面倒が増えた気がする。良いことは悪い事も連れてくるもの。リリーは小さく息を吐いた。



「お前、最近いい匂いすんな」

配達の途中で寄ったトムが、スンスンと鼻を鳴らしている。そこまで近くないし、トムなら嫌じゃない。


「そう? 自分じゃわかんない」

「ツヤも良くなってんな。毛ヅヤ」

「……やめてよ。人を馬みたいに言うの」


軽くにらみつけると、トムが「へへっ」と笑う。


「……キレイになったとか、匂いがいいとかで花が売れるなら、まぁいいかって思うんだけど」


口にすると、トムが微妙な顔をした。


「姉さん達みたいなこと言うんだな。お前でも」

「まぁ、花売りだから?」


今度はトムが困ったようにする。


「無理して花売りにならなくても、いいんじゃね? 他にも何かあるだろ」


 何かって何だろう。言っているトムにもわからないんじゃないかな。だって自信なさそうだし。


「……ない。うちは母さんもいるし、自分勝手はさせてもらえない」


こういう時トムはからかったりしない。母さんの仕事を知っていても。


「……オレがなんとかしてやれるといいんだけど」


 トムの方がどこか痛むような顔をしている。トムが気にする事じゃないのに。リリーはつい笑みを溢した。


「ありがとう。私なら大丈夫だから」


「なぁ、ホント困ったら、父さんと母さんがなんとかしてやるから――呼べよ」


 この間まで「来いよ」だったのに「呼べよ」になっている。いつの間にか背も伸びているし、男子の成長ってなんて早いんだろう。


「トム……今日はお兄ちゃんみたい」

「バ…バカ。俺はお前より年上だっ」


トムはどうしてそこでドギマギしてるんだろう。

「ひとつしか違わないじゃない」

「ひとつも! だ。もっと尊敬しろよな」


「うふふ」

とうとう声に出して笑ってしまうと、トムが顔を紅潮させる。バカにしたつもりはないんだけど。


「あ~、そういうんじゃなくて。あんま早く大人になるなよな。母さんが『女の子は急に大人びる』とか言ってた」


「うん。できるだけ長く子供でいる。大人になると何だか色々大変そうだもの」


「色々」を本当に色々と思ったらしいトムが、似合わない小難しい顔をして「そろそろ行くわ」と立ち去るのを見送る。



 入れ違いに最近時々花を買ってくれるようになったおじ様が、通りを渡って来た。


「やぁリリー、お母さんの具合はどうだい?」


 母さんを知っているのは、お客さんだった事があるから。この人達がいるからパンが食べられる。

この人達のお陰で私は大きくなれた。


リリーは笑みを浮かべた。

「ごきげんよう、おじ様。母さんなら変わりないわ」



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