貴公子、餌付けの楽しみを知る
インコの黄色。色出しが難しいのは、人により思い浮かべるインコの黄色が微妙に違うせいだ。
そう染め物屋に泣きつかれ、黄色はヒヨコの黄色となった。
不機嫌になるかと思われた発注者エドモンドは、大して気にもとめず、ひよこ色のバスローブを着た湯上がりのリリーに「ピヨピヨと言ってみろ」と命じた。
ご丁寧に小さな嘴らしきものまでフードに付いていて、無駄に手の込んだバスローブ。
何の疑問もなく着て、素直に「ぴよぴよ」と返すリリーに「面白い。もう一度だ」などと公国一の貴公子は口にする。
遊んでもらっているつもりなのか、真面目な顔つきで「ぴよぴよ」とリリーが鳴く。
飽きずに繰り返すエドモンドに内心呆れながら、主人の趣味がよく分からなくなりつつある家令ロバートである。
先日は「茶色のウサギを作れ」と命じられた。
バスローブだと思われたが、なぜ茶色。ウサギなら白がもうあるのに。理解できず困惑するロバート。
「野ウサギは冬は白、春夏は茶色だろう」
そんな事もわからないのかと言いたげな顔をされたが、そこから茶色のバスローブまで考えが至る訳がないと言いたいロバートは、勿論「かしこまりました」としか口にしない。
そしてエドモンドが新たに覚えたのは「餌付け」。
ティーテーブルでリリーを隣に座らせ、ちょうど今楽しんでいるところだ。
小さく切り分けたスコーンにクロテッドクリームと苺ジャムを器用にのせ、リリーの口に入れてやっている。
小さな子供や動物の世話をした経験のないエドモンドには、手ずから食べさせる事が思いの外楽しかったらしい。
スコーンの食べ方を知らなかったリリーは、大人しく受け入れている。ロバートは「十歳の子供は一人で食べられます」と主に進言するのを控えた。
「口に付いた。これで拭け」
麻のナプキンをエドモンドが渡すより早く、リリーの舌が唇をペロリとなめた。
一瞬にして口に付いていた苺ジャムが舐め取られる。
「器用なものだな」
行儀が悪いと叱らずに妙に感心したエドモンドが、次の一口を入れてやる。
リリーは口をきちんと閉じて咀嚼する。母親が「昔は金持ちの家で上級メイドをしていた」と方々で吹聴していたと、ロバートは身辺調査の折に知ったが、あながち嘘でもないかもしれないと思わせる。
生まれながらの貧民に読み書きが出来る者はまずいないが、ある程度リリーが書けるところを見てもそう感じる。
「無くなったな。満たされたか」
すっかり空になった皿を前にして聞くエドモンドにリリーがうなずく。
普段はよく話すのに、湯上がりは決まって大人しくそれもまた愛らしい。
指についたジャムとクリームをナプキンで拭おうとしたエドモンドが、リリーの視線に気付き手を止めた。
「これも舐めるか」
冗談にしてもいかがなものか。
さすがに諫めようとするロバートの前で、リリーが無言のままエドモンドの人差し指を咥えた。
そのまま吸うように口を動かしている。ロバートは思わずエドモンドの顔を見た。
驚き過ぎて固まったのか、若き主は瞠目していた。まさか本当に舐められるとは思わなかったに違いない。
身動ぎひとつしないエドモンドの人差し指から唇を離したリリーが、すぐ隣の親指を舌でペロリと舐め上げる。
舐め終わると同時にエドモンドを見上げ、ふわっと笑った。「ごちそうさまでした」
満足した様子のリリーは、これまた大層かわいらしい。
「悪戯がすぎるからでございますよ、エドモンド様。子供に冗談は通じません」
まだ動かないエドモンドを、良い機会だとロバートが窘める。
「――ああ、覚えておこう」
それを機に動けるようになったらしいエドモンドは、珍しく苦笑している。
大人のやり取りにには目もくれず、リリーが小さなあくびをした。
湯に浸かりお腹が満たされたら、次は睡眠だ。
「火の近くへ行くか」
エドモンドの誘いにリリーがコクリとする。
今日もエドモンドに背中をあずけて、こんこんと眠るのだろう。それがどれ程貴重な事であるかを知らないこのヒヨコは。
ロバートは口元が緩むのを自覚した。




