そのウサギは巣穴に潜む
リリーがいない。
湯に入った形跡はある。白うさぎバスローブは無い。脱いだ服は畳んで置いたまま。
「この家のどこかにいるはずだ。探せ」
言ってエドモンドは寝台の掛布をめくった。
厚みが全くないのは一目で分かるのに、わざわざ捲って見せるのは「徹底的に探せ」という指示だ。
そのように家令ロバートは解釈して「ではこの部屋はお任せ致します」と言い置いて部屋を出た。
この隠れ家が「狭い」と言っても、半地下の倉庫から三階までそれなりの広さだ。後ろの家と隣家に囲まれた庭――今は馬車を停めている――まである。
終始無言のエドモンドに合わせて、ロバートも無言で探す。
もう調べる場所が無いと思うところで、ふと食品庫のドアが少しすいているのに気づいた。
「見つかりました、エドモンド様」
声をかけ、二人で覗きこむ。
物のない下段に、手足を丸めるようにしてリリーがちんまりと収まり、健やかな寝息を立てていた。
白いバスローブを頭までかぶり長い耳が顔に垂れている。その耳をエドモンドが体をかがめて顔からよける。
ふっくらとした唇を少し尖らせた寝顔は子供らしく愛らしい。
「なぜこんな所に入り込んだのだ」
目を離さずに問うエドモンド。ロバートはしばし考えた。
「子供は『かくれんぼ』などをしている内に、寝落ちしてしまう事がありますが。恐らくお嬢さんの場合は、部屋が広すぎて落ち着かなかったのではないでしょうか。子供は狭い場所が好きですから」
浴室のつくエドモンドの部屋だけでも、リリーと母親の住まいよりずっと広いはずだと思われる。そうロバートは説明した。
「坊ちゃまとおじ様」のいない部屋が広すぎて心細かったのだろう。今日は湯船で眠りこけなかったようだし、ひとりで上手に出られたようだが。
「いかが致しましょう」
このままでは冷えると案じたロバートが、若き主に伺いを立てる。
「ウサギが巣穴にいるようだ。しばらく眺めたい」
思いもよらぬ返答に、ロバートの理解がついていかない。やっとの事で口にする。
「ですが、これでは体が冷えてしまいます」
「そこはお前が何とでもしろ」
エドモンドはリリーのバスローブの衿元を丁寧に合わせてやっている。
よりウサギらしくしようと云うのだろうか。などと余計な事を考えつつ「畏まりました」とロバートは引き下がった。
暖炉で温めた軽石を布でくるみリリーの周囲に配置する。これで少しは暖かいだろう。本来は寝具を温める為に使うものだ。
次いで食料庫の前にいつくかクッションを運び、そこから全く動く様子のない主人に勧める。
椅子にしなかったのは、床に近い方がより「巣穴のウサギ」を眺めやすいだろうというロバートの配慮である。
床のクッションに寛いだ姿勢で座っても、公国一の貴公子の容姿はなお様になる。
見飽きるほど共にいるロバートでも、惚れ惚れとする男ぶりの良さだ。
さて。巣穴のウサギは空腹になれば自然に目を覚ますのだろうか。ロバートは音をたてないようにして「エサ」の準備に取りかかった。




