貴公子は白いウサギに開き直る・2
馬車の内で微かに笑うエドモンドに反応した方が良いのかどうかを決めかねる家令に、若き主人が口を開いた。
「『無聊を慰める』と言われたが」
誰に。と聞かなくとも家令ロバートには分かる。
そんな事を気安く口に出来るのは、いつもの女伯爵である。
今夜のパーティーにはエドモンドも顔を出すと分かっていて、出席したのだろう。
女伯爵エレノア・レクターとはロバートも面識があり、若き主の送迎で市中の伯爵邸にも何度か訪れた事がある。
ロバートから見ても自分の価値と立ち位置を正しく把握した大人の女性だ。
彼女が息子を次の伯爵にしたいと思うならば、しばらく再婚は出来ない。よって社交シーズンをエドモンドの遊び相手として過ごす事を望んでいる。
そして夜会服姿のエドモンドは、今宵も他の紳士方が色褪せて見えるほどの美男子ぶりだ。
女伯爵は今期も公国一の貴公子の相手を務めるのは自分であると、他への牽制をしたのだろう。
「『無聊』の意味を思い出すまでに、時間がかかった」
「さようでございますか」
エドモンドが退屈していないのは喜ばしいが、それはつまりロバートが多忙になった事を意味する。
家令ロバートは今日も忙しく、これからまた一仕事ある。それは久しぶりで楽しみでもあるのだが。
「一週間ぶりか。アレが家へ着いて一時間たつ。そろそろ湯から上がる頃か」
前回、初めてリリーが浴室を使った時に一通り教え、その後エドモンドが知識を落とし込んだ。
いつ来るか予測のつかないリリーの為に、夕方には湯が使えるよう火を入れ、主寝室の暖炉に薪をくべるようロバートの家の使用人を通わせている。
秘密を保持しようと思えば、セレスト家の使用人は使えない。
すぐにでも通うかと思われたリリーは慎重で、この一週間一度も家には立ち入らず、ロバートは今日エドモンドには言わずにリリーの元へと足を運んだ。
リリーが行かねば食べ物と湯を用意した主人が残念に思う、と。
「それは、せっかくキレイに作ったお花の束が売れないのと同じくらい残念?」
リリーが聞く。
「ええ、全く同じです。駄目になるのにかわりはありませんから」
リリーが頷いた。
「じゃあ、今日行くわ。母さんのお客が泊まりだから。……坊ちゃまも来る?」
いつまでも売れない花は、気だけでなく細い腕にも重いに違いない。小さなリリーにかかる負担はいかばかりだろうかと、ロバートは痛ましい気持ちになる。
少しでも軽くしたい。ロバートは篭に数多く残る花を幾つか選びながら「ええ、もちろん」と応えた。




