貴公子は白いウサギに開き直る・1
伯爵家での夜会は久しぶりだった。公都でひらかれる大方のパーティーにおいて、お開きは日付が変わる頃。
皆が最後まで残る訳ではなく、伯爵に挨拶を済ませると待ち合わせた相手と連れだって早々に抜け出す紳士もいる。
遊び相手もしくは真剣な交際相手を探す紳士淑女ご令息ご令嬢もいれば、ただ友人知人に会うことを楽しみに出席する人々も少なくはない。
公国の本格的な社交シーズンは十二月から。一足早い今日は、それでも久々の社交シーズン前の夜会であり、高位から下位貴族まで幅広く集っていた。
キツネ狩りの主催者であった伯爵家の今シーズン初めての夜会とあっては、大公家からも誰かが礼を兼ねて顔を出さねばならない。
出た以上最低でも二曲は踊らねば周囲が納得しない。エドモンドは義理を済ませて退出しようとしていた。
「あら、エドモンド様。どちらへ」
貴婦人同士談笑していた女伯爵がエドモンドを引き留めた。
数年前に夫を亡くし、まだ未成年の息子が育つまでの間は彼女が爵位を継ぎ女伯爵となる。女性が繋ぎで爵位を持つことは公国では問題なく許可される。
零れるような艶のあるエドモンドより幾つも歳上の美女。家令ロバートが「いつもの女伯爵」と呼んでいる事はエドモンドも承知している。つまりそういう仲だ。
「用があって失礼するところだ」
エドモンドは足を止めても体の向きは変えない。
美貌の女伯爵の片眉が上がった。少し離れた位置でこちらの様子を窺うお仲間が見える。
下位の者からエドモンドに声は掛けられないが、女伯爵エレノア・レクターとエドモンドは周知の仲だ。本格的な社交シーズン前に、他者にそれを見せつけておきたいのだろう。
ここで礼を失しては、後々の噂話がうるさくなる事は目に見えている。エドモンドは女伯爵に歩み寄りその手をとった。
手袋に包まれた指先に唇を近付ける仕草をし「今宵も美しくていらっしゃる」と、お仲間に見える角度で端正な顔に笑みを浮かべた。
「……本当にお急ぎでいらっしゃいますのね。無聊をお慰めするつもりでおりましたのに」
女伯爵が目元に媚びを含ませる。いつもなら一も二もなく受ける申し出だが。
「社交シーズンはこれからだ。是非、次の機会にお願いしたい」
エドモンドの口角は上がったまま。
そして女伯爵は引き処を心得ている。
「ええ、次には必ず。楽しみにしておりますわ」
「見送りはいい。ご友人に宜しく」
興味津々といった様子のお仲間に、ちらりと視線を送って愛想のかけらを見せたエドモンドは、足早に広間を後にした。




