貴公子は温めるにも一苦労する・6
エドモンドは指を絡めたまま、空いた手でリリーの頭を撫でている。
ロバートは機嫌の悪くないエドモンドに、絡めた指について聞いてみた。
「今も何かお嬢さんに?」
「浴室の使い方だ」
「は?」
思わずロバートが聞き返した。
「入浴する時にいつもお前がいるとは限らないだろう。だから今、浴室の構造と使い方を落とし込んでいる」
さらりと口にされてロバートは返答に詰まった。
異能で何が出来るとは使わない者にはよく分からないのが普通であるが、この使い方が大公家独特の物なのか全ての能力者共通のものなのかも、ロバートには見当がつかない。
そんな生活に密着した使い方は「異能」「特殊能力」などという呼び名に対し、あんまりな気がする。が、家令であるロバートは余計な感想は口にしない。
「子供の頬は、湯上がりには美しいピンク色になるのか」
頭から頬に手を移したエドモンドが、指先で弾力を確めるようにしながら口にする。
「はい。エリックなど今でも良い色で上がって参りますよ」
ロバートが息子を思い出して頷く。
「無口で扱いやすくもなるか」
「随分と小さい頃はそうでしたね。気持ちがよいのと少し疲れるのとでしょう。入浴中は遊んでおりますが、出る頃にはホワホワとして。幸せそうな顔つきになるのは、見ていて良いものでございますよ」
リリーの顔を思い浮かべて答える。
湯から上がる頃にはすっかり大人しくなり、体を拭いてやる時には半分眠ったような状態でされるがまま。
体中温かそうに色づいて、湯気をたてて柔らかく笑む姿は本当に可愛らしかった。今からでも娘が欲しいと思ったくらいだ。
「それはエリックの事か?」
気がつくと若き主が感情のこもらない目でロバートを見上げていた。
「もちろんエリックの事でございます」
それくらいで動揺する家令などいない。
「コレには何をしてやれば良いのだろうな」
どうやら浴室の使い方を伝え終わったらしいエドモンドが、絡めた指を丁寧にほどき、再びリリーの柔らかそうな赤毛に櫛を通し始めた。
「食べ物と安全を与える。そこまで済ませたら、後はおいおいで良いのではありませんか」
考えて口にする。エドモンドは答えないが同意していると伝わる。ロバートは思った事をそのまま口にした。
「長いお付き合いになりそうですね」
「――そうだな、ロバート」
エドモンドが静かな声を出す。
眠っているリリーに配慮しているのだろう。
「はい」
「これは案外よく泣きそうだ。特に柔らかいタオルをこれ用に探せ」
泣かせた本人が何を言う。などと思っても口にしない家令は「畏まりました」と返した。
細い髪にそれほど櫛を通すなら、良いヘアオイルも合わせて探さなければ、と思いながら。




