貴公子は温めるにも一苦労する・2
「今はどのような」
家令ロバートの問いにエドモンドが答える。
「今日は寒くて足が冷えたから、ずっと靴の上から手で温めていたのだそうだ。その汚れた手で坊ちゃまの手を汚すわけにはいかないと言って、馬車から降りる手助けを、アレがきっぱりと断ったと言うわけだ」
エドモンドが続ける。
「では抱えて下ろそうと言ったら、服が汚れるから余計に駄目だと、更に拒否された」
ロバートは笑い出したいのをさりげなく誤魔化した。リリーお嬢さんと代わりたい貴婦人は掃いて捨てるほどいることだろうに。
「エドモンド様のエスコートを断る女性がいらっしゃるとは」
「全くな。コレを女性のうちに入れて良いかどうかは分からんが」
珍しく主従の間に、柔らかな空気が流れたところで。
「お前に任せた。先に入る」
エドモンドは言い置いて、初めての隠れ家へと一足先に向かった。
「お嬢さん、じっとして下さい。泡が目に入りますよ」
水音と共に家令ロバートの声がする。
「だってくすぐったいもの。そんな所まで洗うの?」
くぐもった小さな笑い声。
「こういう場所こそ汚れやすいのです」
「覚えておくわ」
「お嬢さんは素直ですから、教えがいがありますね」
エドモンドは暖炉の前のソファーに腰掛け、後ろから聞こえて来る会話に耳を傾けていた。
どうしても手を出さないと言ったリリーは、結局ロバートが見守るなか馬車からぴょんと飛び降りた。
「足など引っ掛けなくて、ようございました」とはロバートの弁だ。
エドモンドが室内灯で見れば、リリーの唇は白く顔色は酷かった。指先は痛々しいほどの紫色。
まずは温まる事が先だと浴室に入れたが、いつまでたっても水音がしない。
「見てこい」と行かせたロバートの声がした。
「裸でどうなさいましたか」
「どれも使い方がわからないの。おじ様。お湯もお水も。せっけんも」
一つずつ説明するロバートをエドモンドが遮った。
「お前も一緒に入れ」
しばらくの沈黙の後、リリーの声と水音がした。
「おじ様、服が濡れてしまうわ。おじ様も脱いだ方がいいんじゃない?」
「いえ。私はエリックをお風呂に入れたことはありますが、一緒に入った事はございませんので」
「そう? じゃあ私がおじ様と入ったらエリックに悪いわね」
「ええ、エリックに嫌われますね。嫌われるのはこの場合、お嬢さんではなく私でしょうが」
「そうなの?」
「はい、間違いなく」
ちゃぷんとか、とぽんと音がして静かになる。
「いかがですか」
「とっても気持ちがいいわ。温かい」
うっとりとしたリリーの声が浴室に反響して、エドモンドの耳へも届いた。




