貴公子は温めるにも一苦労する・1
家令ロバートは、それはそれは大変だった。
エドモンドが戻る前に、火を入れ、部屋を暖め、湯を沸かさなければならない。
明日進捗状況を見に来ると伝えてあった事と、工期が短縮されればそれだけ割増で支払うと約束した事が幸いし、予想以上に進み片付いていたのは、せめてもの幸いだった。
夜で暗いこともあり、アラも目立たない。
これなら今夜一晩くらい過ごせそうだと安堵した。
玄関から廊下、主人の部屋と浴室。エドモンドの身になって歩き目につく所を片端から整える。
食料飲料は馬車に積んだままの旅行の携行品があるはずで、若き主人はともかくリリーお嬢さんのお腹を満たす位は、なんとでもなる。
手袋を直した所に馬車が着いた。
眼前で小競り合いが起きている。ロバートはしばらく見守る事にした。
「危ないから手を貸せ」
「いや。私の手は汚いから、坊ちゃまの手が汚れるもの」
馬車の足掛けは意外に高く、少女には危ない。
エドモンドが先に降り、手を差しのべるのに対し、リリーは握り締めた小さな手を体の横にぴったりと付けて、取らせまいとする。
「言うことを聞け。聞かないなら抱くぞ」
何度目かのやり取りで、エドモンドが言い放った。
負けじとリリーが小さな声で訴える。
「もっとダメ。坊ちゃまが汚れちゃうわ」
―――そろそろだろうか。
「お帰りなさいませ、エドモンド様」
今ロバートに気付いたかのように、エドモンドが振り返った。若き主人は、その顔を見る限り不機嫌というよりお困りだった。
「これが言うことを聞かない。お前が何とかしろ」
「いかがされましたか」
馬車のドアに両足を開いてすっくと立つリリーそっちのけで、主従が話し始める。
まず馬車に乗ったリリーは、勧められた座席に座らずエドモンドの足元にしゃがんだ。
「お前はしゃがむのが好きなのだろうが、馬車とはこのように座席に掛けるものだ」
教えてやるエドモンドを、小馬鹿にした目付きで見上げたリリーは「知ってるわ。それくらい。服が汚いから座れないだけよ」と言い、汚れてもいいといくら勧めても首を縦に振らない。
「坊ちゃまは知らないのね。布の目地に入り込んだ汚れは取るのが大変なの。こんなフカフカな椅子、汚れが着いたらとれない」
と言い張って座ろうとしない。
車輪が跳ねる度に転がりそうになるリリーを、エドモンドが頭を押さえ、肩を掴みなどして、ここまで来たのだと言う。
「それは……なんとも、まぁ」
リリーの強情さに驚くべきか、主人の意外な面倒見の良さを賞賛するべきか。
ロバートが労いの視線を若き主人に向けた。
エドモンドは素直に受け入れて頷いた。




