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貴公子は花売り娘を踊らせる

 ゆるゆると河をくだるボートから、リリーが身を乗り出した。時折、舟の近くで銀色にきらめくものがある。


「見て! 坊ちゃま。お魚が飛んでる!」

「正しくは『飛ぶ』ではなく『跳ねる』だ」


 そんなに身を乗り出しては何かのはずみに水へ落ちる、と注意するのは隣に座るエドモンド。リリーのエプロンのリボンをガッチリと握っている。


 すぐ脇に待機する家令ロバートも、リリーのはしゃぎ様を微笑ましく眺めた。



 舟に乗る前に「いいか、アレが舟から落ちたらお前が水に飛び込め。私は河には入らない」と、救助役を申しつかったロバートは、リリーから目を離すわけにはいかない。


 高い位置でひとつに結んだ赤い髪は、風になびいて可愛らしい。なのにエドモンドは「馬の尾のようだ」と真顔で言い、リリーを微妙な表情にさせた。


 いつもの女伯爵や、取り巻きのご令嬢にはお手本のような対応をする貴公子と同じ人物とはとても思えない。ロバートは密かに嘆いた。



 お昼は、昨日同様、舟をおりてのピクニック。

エドモンドは「舟の上ばかりでは飽きる」のを理由にしたが、昨日リリーがピクニックを気に入っていたせいだと、ロバートは心得ている。


 デザートまで済んでくつろいだところで「少し踊るか」とエドモンドがリリーに声をかけた。


「おどる?」

リリーが不思議そうにする。


「踊ったことはあるか」

「ない」


 きっぱりと返されてエドモンドが質問を重ねる。

「では、見たことは」

「あるかもしれないけど、わかんない」


「聞くだけ無駄だったか」と口にして、リリーの手を取るエドモンド。


 身長差がありすぎる上に、ダンスの予備知識もなく足の運びひとつ知らない生徒に教えるほど、我が主は気が長かっただろうか。

思いながらロバートがそれとなく見守って、しばらくののち。



 結局、教えかけてすぐに断念したエドモンドが、リリーをその場でくるくると回転させていた。若き主は少しも動かずリリーだけが回っている。


 それでも楽しいらしく「きゃっきゃ」と子供らしい歓声があがる。


「ひとりで回るだけで何が楽しい」

エドモンドの心の声がロバートには聞こえた気がした。



「上で体をひねってみろ。地面であれだけ回れたのだ、宙でも一回転くらいワケはないだろう」


 何のことか。思わず片付けの手を止めてロバートが振り返ると、ちょうど空中に高々とリリーが投げあげられたところだった。


 いくら子供で身が軽いとはいえ、あれほど簡単に放り上げるのは、特異な「身体能力強化」という力を使っているからに違いない。


 なにごとにも人より秀でているエドモンドが「能力」を使うことは、あまりない。


 ロバートの見る限り、リリーに使ってばかりだ。しかも今のような無駄使いが多い――ように思われる。



「坊ちゃま、もうちょっとがんばったら、あと半分回れそう」


「もう一回投げて」と息を弾ませるリリーを見ながら「お嬢さんの頑張るべきところは、そこでは無いのでは」という考えが頭をよぎっても、せっかくのお楽しみに水を差したりしないのが家令ロバート。


「おしい!」

「惜しいという程でもない」


 受け止めたエドモンドが冷静に評して、すぐにまたリリーの体をボールのように投げ上げる。


「坊ちゃま、ダンスって楽しい」


 いえ、お嬢さん。これはダンスとは言いません。全く別のもので強いて言うのなら、幼児の「たかい高い」を手酷くしたものでございます。と長文を考えるロバート。


「これがダンスである」という誤認は訂正するだろうと若き主の言葉を待つ。


ロバートの予想に判して、エドモンドは「そうか楽しいか」の一言で済ませた。



「最後の一回だ。もう半回転余分に回りたいのなら、脇を締めて、脚も足首を交差させたほうがいいのではないか」


 助言を与えたエドモンドが、先ほどより更に高く飛ばした。リリーが少しも怖がらないのは、エドモンドなら絶対に受け止めるという信頼によるものだと思えば、何やらロバートの目頭が熱くなる。


「やった!」

落ちて抱き止められたリリーが自らに拍手を送る。


「成功の立役者はお前ではなく私だ」

――回転数は認定されたらしい。


「ええ――! 回ったのはわたしなのに」

「そもそも私が飛ばしてやらねば、回転できない話だ」


 リリーを肩に乗せたエドモンドが、大人げのないところを見せる。


 珍しい態度は、若き主もこのお出掛けを楽しんでいる証だろう。ロバートの目頭がまたじんわりとする。


 視線の先ではまだ、不服顔のリリーにエドモンドが「ダンスの上手下手はリーダー次第。つまり私だ」と説いていた。


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