夜のひそやかな打ち明け話・2
今まで言ったことはなかった。やっぱり言わなければよかった。リリーは唇を引き結んだ。
わざわざ「わたしは悪い子です」なんて白状する必要はなかったのに。
「子供というのは融通がきかない。その上、お前は真面目だな。他人に見せる自分と実際の自分との差を気にしているようだが、皆そういうものだ。表面を取り繕い、見せたい姿を表に出して、本心はしまい込んで生きている」
エドモンドの語り口は責めるでもなく嗤うでもない。
「坊ちゃまも?」
「日常的にそうだ。『この会話は無益だ』と思っても、立場上尊重しなければならぬ相手なら、いかにも興味深いという態度をとる。お前が待っていると思えば早く切り上げたい集まりも、まさか正直に言うわけにもいくまい。その場合ロバートが腹痛だと嘘をつく」
その例はあまりに具体的すぎないか。リリーはエドモンドの顔を間近から凝視した。
「嘘をつくことで物事は円滑に運び、うまくゆく。お前もあまり正しさに拘らないほうがいいのではないか。少なくとも私は、嘘をつく事に全く抵抗はない」
子供にはウソはいけないと説くのに、大人は日常的に嘘をつくらしい。
大人とはそういうものなのか。それとも坊ちゃまが特殊なのか。考え込むリリーにエドモンドが問いかけた。
「昼間の水色の服は気に入ったか」
「すごくかわいかった」リリーが即答する。
「それならば、ロバートが用意したものが悪趣味だったらお前はどうした。『これは可愛くない』とハッキリと口にしたか」
「言わない。かわいいって言う」
おじ様が意地悪でおかしな服を用意するわけがない。きっと趣味が違うだけだ。
「そうだろう。でないと次に買ってはもらえないからな」
エドモンドが人の悪い笑みを浮かべる。
「違う」とリリーは口を尖らせた。
「おじ様がせっかく用意してくれたから、だもん」
「お前のそれは嘘というほどでもない気遣いの範囲だが、世辞も過ぎれば嘘に近い。お前も世辞はよく言うだろう」
おせじ。坊ちゃまと比べて全然素敵じゃない紳士に「ステキ」と言って気分よく花を買ってもらうのも、あること。そして皆していることだ。
これも嘘といえば嘘だと自覚した。それなら嘘は身の回りにあふれている。
「先ほどお前は、母親をあまり好きではないと言ったが、当然だろう。子を産んだ女が揃ってよい母親になるわけではないし、『子なら無条件で母を慕え』というのは強引だ」
エドモンドが話を変えた。
「私にも母はいるが、好き嫌いを考えたことはない。ただ母であるだけだ。母子の間などそれくらいで良いと思っている。むしろ母よりロバートのほうがよほど近しく親しみを感じる」
淡々と「そんなものだ」と言われれば、ずっと心の内にあった黒い影が薄くなるように感じられた。
「お前の悩みは、大人になればどうでもいい類のものだ。それは断言できる。そう小難しい顔をするな」
頬を人差し指で突かれて、リリーの唇から笑いがもれた。
「遅くなったな。寝るか」
言ったエドモンドがリリーを幼児のように抱いて立ち上がる。
もう小さくないし自分で歩けるのにと思うけれど、甘えることにして広い肩に腕をそえる。
「いつまで抱っこしてくれるの? 坊ちゃま」
エドモンドの目が笑いを含む。
「私より大きくなったら無理だな」
そんなの一生なるわけない。思う気持ちが伝わったのか「私より重くなっても無理か」と付け足される。
――ならないから、ずっと抱っこしてもらえる。
坊ちゃまがお母さんよりおじ様が好きなように、母さんより坊ちゃまとおじ様が好き。
これは嘘じゃない。これも言わなくても分かってもらえるといいのに。
リリーは少し眠くなった目をこすった。




